中東から世界を見る視点 第8回

トランプに首都認定されたエルサレムの「現実」

川上泰徳

トランプの浅薄な歴史認識

 パレスチナ側はテロを含めて「解放闘争」を語ったが、イスラエルの市民を標的にする暴力は「テロ」であり、認めることはできない。一方、イスラエルはパレスチナ側の「テロ」と戦うとして過剰な武力行使に出た。どちらの攻撃でも犠牲になるのは民間人であり、共に「戦争犯罪」にあたるものである。

 ただし、パレスチナのテロは、イスラエルの軍事占領に対するパレスチナ人の怒りや絶望感が噴き出したものであることも否定できない。テロが日常を引き裂いて噴き出す暴力ならば、占領はパレスチナ人の通行を妨害し、土地を奪い、経済を締め付ける、日常を覆う暴力である。イスラエルは「テロとの戦い」として軍事行動を正当化しようとするが、テロが先ではなく、先にあるのはイスラエルによる軍事占領である。何らかのきっかけでイスラエルの占領に対するパレスチナ人の怒りがテロとして噴き出すと、イスラエルは武力で制圧し、暴力は悪循環に陥り、際限なく悪化していく。

 イスラエルが「統一エルサレム」の首都宣言をした1980年以降も、エルサレムで繰り返し紛争が起こってきたことを見れば、「統一」の形容詞は、エルサレムの分裂した現実とどれほどかけ離れたものであるかが分かるはずだ。首都宣言から37年を経過しても、「統一エルサレム」は既成事実にさえなっていない。トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都であると認定したのは、「現実を追認したものにすぎない」というなら、いかにも浅薄な歴史認識というしかない。

 東エルサレムが「軍事占領」された後、繰り返し暴力が噴き出していることを考えれば、エルサレムは「紛争地」と認定すべき都市である。紛争を終わらせないまま、米国がイスラエルの一方的な措置であるエルサレムの首都化を認定し、現在、テルアビブにある米国大使館をエルサレムに移転させれば、米国自体が紛争に巻き込まれることになりかねない。

 現在、ほとんどの外国大使館がエルサレムではなくテルアビブにあるのは、1980年にイスラエルが東エルサレムを含む「統一エルサレム」を首都に宣言する基本法を制定した時に、国連安保理が(前出の)決議478号を採択し、「法的効力はなく、無効」と決定し、すべての国連加盟国に対して「エルサレムからの外交使節の撤退」を求めたためである。米国がエルサレムに大使館を移転すれば、この決議に違反することになる。

 繰り返すが、決議では「武力による領土の獲得は容認できないということを再確認する」として、「占領者であるイスラエルが基本法によって聖地エルサレムの性格と地位を変更することに法的効果はなく、無効であり、直ちに撤廃されなければならない」としている。さらに決議では「この(イスラエルの)行動は中東での包括的で、公正で、恒久的な和平の達成に対する深刻な障害となる」としている。中東和平の仲介者である米国が、この決議に反する行動をとることは、和平の仲介者ではありえないというだけに止まらず、イスラエルとパレスチナの間の紛争で、イスラエルの側に加担することを意味する。

 トランプ大統領は、エルサレムがイスラエルの首都であることを認定した演説の中で、「決定は、我々が恒久的な和平合意を仲介する強い役割から離脱するということではない。私たちはイスラエルとパレスチナの間の偉大な合意を求めている」と主張したが、イスラエルの主張に加担しながら、なお「和平の仲介者」を語るのは欺瞞としか言えない。

イスラエルは、占領地の「現実」を次々と変更してきた

 私は1993年9月にワシントンで行われたオスロ合意調印式の取材をし、その後、94年4月に中東特派員となって、パレスチナ暫定自治の実施と拡大、さらに停滞と破綻を見てきた。私が理解したのは、和平と言っても、イスラエルとパレスチナは全く異なる絵を描いているということである。

 和平プロセスは、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが東エルサレム、ヨルダン川西岸、ガザを占領した後に安保理が採択した、決議242号が定める「土地と和平の交換」の原則に立つ。イスラエルは占領地から撤退し、アラブ世界はイスラエルの主権と生存権を認めるという原則である。

 パレスチナ側が描く和平は、安保理決議242号の完全実施によって、東エルサレム、ヨルダン川西岸、ガザからのイスラエルの撤退を求め、東エルサレムを首都とするパレスチナ国家を樹立することである。だが一方のイスラエルは、東エルサレムを併合し、西岸と東エルサレムに自国民60万人が住む入植地を建設するなど、安保理決議242号に逆行する行動を続けてきた。

 さらに第2次インティファーダを契機に、イスラエルは「自爆テロを阻止するため」という理由で、西岸とイスラエル本土の間に分離壁を建設し始めた。分離壁は「グリーンライン」と呼ばれる第1次中東戦争の停戦ライン上に建設されているのではなく、西岸に建設されたユダヤ人入植地を取り込み、西岸に食い込んで建設されている。エルサレム周辺では入植地を取り込むだけでなく、本来、エルサレムに入っていたパレスチナ人居住地域を壁の外に排除している場所も多い。分離壁によってパレスチナの土地をイスラエル側に取り込むことも、逆にエルサレムのパレスチナ人を壁の外に排除することも、国際法に違反している。そのことは国際司法裁判所の判断や国連人権理事会で指摘されている。

 イスラエルは東エルサレムの併合、首都宣言、入植地の建設、西岸に食い込んだ分離壁の建設と、この50年間で、占領地の「現実」を次々と変更している。それはいずれも、国連や国際司法裁判所によって「違法」「無効」と判断されている。これまで米国が仲介してきた和平プロセスの課題は、イスラエルが占領する前の状態まで戻ることであって、イスラエルが武力で変更してきた占領地の不法な「現実」から出発することではない。トランプ大統領がエルサレムを「首都」と認定したことは、イスラエルが積み重ねてきた違法行為を「現実」と認定したものであり、パレスチナと国際社会に対する背信行為となる。

 オスロ合意によってパレスチナ自治が実施されたが、ヨルダン川西岸では自治区は全体の4割しかなく、6割はまだイスラエル軍の支配下にある。イスラエルは、強者である自分たちがパレスチナに「和平」を与えるという立場をとろうとしている。しかし、紛争終結を宣言する最終的な和平のカードはパレスチナ人にある。パレスチナが「和平」として受け入れると合意しないかぎり、イスラエル・パレスチナ紛争は終わらず、イスラエルとアラブ諸国との関係正常化も困難である。

 PLOのアラファト議長が安保理決議242号の受け入れを正式に表明したのは、1988年12月である。イスラエルが撤退した占領地にパレスチナ国家を樹立し、イスラエルの生存権を承認することを表明したのだ。それまで「パレスチナ全土解放」を唱えてきたPLOにとっては、歴史的な転換である。それはイスラエルにとっては、占領地から撤退してパレスチナ国家が独立すれば紛争は終結し、現在のイスラエル国家が保全できるという意味を持つ。逆に、パレスチナ国家が樹立できなくなれば、パレスチナ紛争は終結せず、イスラエルも紛争を抱えた国という範疇から逃れることはできない。

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

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「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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