中東から世界を見る視点 第9回

聖地エルサレムに生きる人びと

川上泰徳
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 エルサレムと言えば、いま問題になっている、イスラエルが首都宣言している都市としてのエルサレムと、ユダヤ教、キリスト教、イスラムの3つの宗教の聖地エルサレムの、2つの意味がある。前回のコラムでは都市としてのエルサレムについて書いたが、今回は聖地としてのエルサレムについて書く。

1キロ四方の旧市街に3宗教の聖地がひしめく

 聖地エルサレムは、東エルサレムの一角にあるエルサレム旧市街のことである。周りを城壁で囲まれた約1キロ四方の広さの場所で、ここにユダヤ教の聖地である古代ユダヤ神殿の一部と信じられている「嘆きの壁」があり、その壁の上に「神殿の丘」と呼ばれる丘がある。アラビア語では「ハラム・シャリーフ(高貴な聖域)」と呼ばれ、ここにイスラムの聖地「アルアクサ―モスク(遥かなモスク)」がある。キリストが十字架にかけられて処刑され埋葬された跡に建つとされるキリスト教の聖地「聖墳墓教会」も、この旧市街の中にある。

 イスラム教徒にとってエルサレムのシンボルである神殿の丘にある黄金のドームは「岩のドーム」と呼ばれ、このドームの中には大きな岩がある。1990年代半ば、私はドームの中に入り、岩を間近でみたことがある(2013年から異教徒は中に入ることができなくなった)。イスラムの預言者ムハンマドはその岩から天に昇って、神の御前に招かれたとされる。さらに旧約聖書にある神と契約を結んだアブラハムが、神の命で息子のイサクを生贄に捧げようとした話の舞台となったのもその岩だったとされる。

 ユダヤ教、キリスト教、イスラムは3つの宗教といっても、信仰している神は同じであり、「アブラハムの宗教」と呼ばれる。アブラハムはアラビア語では「イブラヒーム」といい、コーランでも預言者として重要な位置を占める。エルサレムの旧市街は、まさに3つの宗教の聖書、聖典の舞台である。

旧市街をガイドする「アフリカ系パレスチナ人」

 私は2001年から02年にかけて朝日新聞のエルサレム特派員をしていた。ちょうどパレスチナ人のインティファーダ(民衆蜂起)が激しいころで、世界的な観光地である旧市街にも、観光客の姿はなく、閑散としていた。日が暮れると通りから人影が消えた。

 古い時代には、旧市街の中がエルサレムだった。聖地とは言っても、旧市街は人々の居住区であり、いまでも旧市街の中に約4万人が住んでいる。旧市街に地所を所有していた古くからの家族は、宗教者や商人など豊かな階層の人もいて、20世紀の初めごろから、狭い旧市街の外に屋敷を持つようになり、エルサレムは拡大していく。

 私は新聞記者時代からエルサレムに強い関心を抱いてきた。私自身は特別の宗教に対する信仰を持っているわけではないが、エルサレム旧市街にくると、宗教とは何か、聖地とは何かという問いにぶつかる。ジャーナリストである私が、問いの答えを見いだす方法は、当事者に話を聞くことだ。ここでの当事者とは、エルサレムの旧市街に住んでいる人々である。

 エルサレム旧市街は4つの区画に分かれている。イスラム地区、キリスト教地区、ユダヤ教地区、アルメニア人地区である。旧市街に入るには7つの門があり、門によって入り口の様子もかなり異なる。最も観光地化されているのは、西エルサレム側に向いているヤッフォ門である。左右に土産物屋が並ぶなだらかに下っている路地を進んでいくと、神殿の丘にたどり着く。一方、北側の東エルサレムのアラブ人地区から入るダマスカス門の入り口周辺には、アラブ人住民向けの雑貨やかばん屋、スイーツショップ、パン屋などが並び、生活感にあふれている。中は同じなのに、ヤッフォ門から入るか、ダマスカス門から入るかで、旧市街の印象はかなり異なるだろう。

 ダマスカス門から入ってすぐ左手に、広めの軒先に机とイスを並べたカフェがある。午前中にその前を通れば、褐色の老人がお茶を飲んでいる。アフリカ系パレスチナ人で、旧市街の観光ガイドをしているアリ・ジッデだ。父はチャド人、母はナイジェリア人。イスラエルの独立前にメッカ巡礼にきて、その後、エルサレム巡礼にきて、そのまま居つき、ジッデが生まれた。

 1967年の第3次中東戦争でイスラエルが東エルサレムとヨルダン川西岸を占領すると、ジッデは10代でパレスチナ解放闘争に参加し、拘束されてイスラエルの刑務所で17年間服役した経験を持つ。観光ガイドといっても、観光案内のガイドではなく、旧市街の政治や社会を語るオルタナティブ観光のガイドである。ジッデは欧州の市民組織にはよく知られており、団体客の仕事があるという。

「アフリカ系パレスチナ人」というと特殊と思うかもしれないが、旧市街にはジッデと同様に巡礼でやってきて居ついたアフリカ系の人びとが住む「アフリカ人地区」があり、いまも約30家族が住んでいる。ジッデがカフェにいなかったので、教えられたアフリカ人地区のジッデの家を訪ねて話を聞いたことがある。部屋には、馬に乗った黒人の武人が描かれた絵が飾られていた。「これは7世紀にイスラム軍がエルサレムを開城した時の絵だ。アフリカ人はイスラムとともにエルサレムに来たのだ」とジッデは語った。

欧米の観光客をガイドするアリ・ジッデ(撮影はすべて川上泰徳)

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

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プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

 
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