水道橋博士の「日記のススメ」 第2回

「お前らとにかくメモれ!」

水道橋博士の「日記のススメ」
水道橋博士
 

浅草キッドの水道橋博士は、タレントや作家の顔を持つ一方で「日記を書く人」としても知られています。
小学生時代に始めたという日記は、たけし軍団入り後も継続、1997年からは芸能界でもいち早くBLOG形式の日記を始めた先駆者となり、現在も日々ウェブ上に綴っています。
なぜ水道橋博士は日記を書き続けるのか? そこにはいったいどんな意味があるのか?
「日記のススメ」連載第2回です。

 

ビートきよしさんのギャグに学ぶ
 ボクの師匠ビートたけしは、漫才コンビ「ツービート」で80年代に一世を風靡しました。
 そのツービートの「ビートたけしじゃないほう」に、ビートきよし師匠がいらっしゃいます。
 その、きよしさんのギャグに「メモれ!」というのがあります。
 これは、漫才ブームの絶頂期に有頂天になった、きよし師匠が、後輩芸人などを叱咤する時に、「お前ら俺から芸を学べ、盗め、メモやテープに取っておけ!」という意味合いを、独特の山形訛りで「メモれ!」と言ったことが始まりです。
 のちに、この「メモれ!」は、「コピれ!(コピーしろ!)」「ビデれ!(ビデオに撮れ!)」「ファクシミれ(FAXしろ)!」「パソコれ(パソコンで打て)!」などと、時代とともに面白おかしく変化しましたが、反比例するように、師匠も、このギャグも人々から忘れ去られて行きました。

 しかし、芸人修行で最も肝要だと言われる「芸を盗む」という観点からも「メモる」ことは肝要であります。
「手作業を経るということ=手が覚える」という動作と脳の連携は実証されていることであり、日記に結びつける前に、まず手始めに文字を書くこと、「メモる」は大変重要な知的作業であると思います。
 これはアップル製品には、全てにメモ機能が標準装備されていて、最短の過程で瞬時にメモができることなどからも実感しますし、ボクも日記を書く前に頻繁に利用することからも経験者は皆、納得できることでしょう。
 ストリーミングサービスのSHOWROOMを作った青年実業家、前田裕二氏が2018年に書いた『メモの魔力』(幻冬舎)が大ベストセラーになっているように、メモの効用、必要性は近年つとに重視されています。
 前田氏はメモで出世しましたが、ビートきよしさんという方は他人に「メモれ」と言うだけで、ご自身がメモ魔というわけでなかったので、それ相応の芸人の地位に落ち着きました。
 代わりに出世したのは、どんなに夜遅く飲んで帰ってきた日でも、シャワーで一度全部吐いてから、机に向かって本を読み、メモを取る勉強を日夜し続けた、ツービートの小さいほうでした。
 ボクは、日記を書くためには、このメモを整理整頓していく過程が重要であり、メモと同じくビジネスにも有用なものだと思います。
 大前提として、日記を書き続ける人になると、メモ帳に筆記用具で文字を書く習慣はもちろん、心にメモを書き残す習慣も、確実に習得できるものだと考えます。

浅草キッドとビートきよし師匠

浅草キッドとビートきよし師匠

 

実務におけるメモの効用
 みなさんも職種によっては業務日報とか運転日報といったものを会社で日々つけている(つけさせられている)方もいらっしゃると思います。
 特に、物流系、交通系、医師、薬剤師系などみなさんは、日報がいわゆる“ヒヤリ・ハット”情報となり、自分が経験した危なかった瞬間が、他者にも共有されるなど、有効に作用していることだと思います。
(【注】ヒヤリ・ハットとは、重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例の認知をいう。文字通り、「突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりするもの」である)
 これはプロでなくても、われわれアマチュアの運転者でも、本当は運転日報などをつけるべきなのだと思います。
 ベテランのタクシー運転手さんなどと会話すると「何年経っても運転は日々勉強だよ」と、よくボヤいておられますが、それだけ、何年経験しても想像の斜め上をゆく不測の事態が起こりやすい事故というものが、メモや日誌というもので防がれているのだと思います。
 コンテストを狙っているお笑い芸人なら、毎回、舞台に立つたびに、やりっ放しにしないで、ウケなかったからと言って、先輩と酒を飲んでその日を忘れるようなことをしないこと。その日の客層、どこがウケた、ここがスベったなどなど“漫才日報”をつけるだけで、対客の技術は飛躍的に向上することと思います。
 特に吉本興業の人気漫才師ノンスタイルの某くんは、漫才日誌と“運転日誌”の両方をつけることをオススメします(笑)。

日記を書く上でのボクの信念は、「過去は書き変えられないけど、未来の行動は今から書き改めることができる」です。
紀元前550年、つまり2700年も前に孔子は「過ちて改めざる是を過ちという」という言葉を「論語」に残しています。
 つまり「過ちはだれでも犯すが、本当の過ちは、過ちと知っていながら悔い改めないことである」という真理です。
その「過ち」に気がつく内省の時間こそ、日記を書いている時間に他なりません。

 

メモと日記の違い
 メモは日記のベースとなる貴重な情報の断片です。日記と違い、日夜、瞬間瞬間、どんな時でも、大事だ、忘れたくない、と思ったことをスピーディに記録に残せます。
 そのためのツールは、古典的な手帳と鉛筆でもよし、スマホでもよし、方法はアナログでもデジタルでも様々です。
 これはスマホ普及前の話ですが、ダウンタウンの松本人志さんは、手が離せないドライブ中に面白い瞬間に出くわしたり、ギャグやフレーズを思い付くと、ボイスレコーダーに音声メモを残していたそうです。
 ボクは、オフィス北野騒動の時に、殿の私物の倉庫の管理を任されて、大量の殿のネタ帳を発掘し今も預かっていますが、使い切ったノートは滅多になかったとはいえ、その走り書きの分量には今更ながら驚きました。
 立川談志師匠のメモ書きも有名です。
 ところかまわず、紙の切れ端にでも、思い付いたことは全て書き記し、翌日、付き人の弟子が掻き集めて、手渡し、その思考を体系化していたと聞きます。

 こうして日夜集められたメモをどう活用するかは、自分が従事している職業や、達成しようとしている目標・夢や、生活状況によって違ってくると思います。
 メモを、メモのまま、軽く整理整頓だけしておく人、ボクのようにここから文章を起こして日記に仕立てる人、様々だと思います。
 メモと日記の違いは、メモは、それが必要される時の効力は高いですが、長い年月を経て読み返してみると意味不明になってしまったり、そもそも走り書きですから面白みがゼロに近いということです。
 日記は、少なくとも文章になっているので、後から意味不明になることは少ないですし、人に読ませる気のないパーソナルな日記であっても、自分自身で読み返して相当に面白い(あるいは相当、赤面するか)、少なくとも興味深いものになるはずです。
メモは後で読み返すと面白くないと書きましたが、『クレア』という雑誌で辛酸なめ子さんが渋谷区参宮橋にある「Picaresque(ピカレスク)」というギャラリーの「手帳類図書室」をレポートした記事を読むと、そうも言えないかもしれません。
 この「手帳類図書室」は、人が記した手帳や日記やネタ帳など、あらゆる「手帳類」を収集してきた志良堂正史さんのコレクションを1時間1000円で読むことができる一室です。
 ここで言う手帳類と、この図書室についてはHPにこのように説明が書かれています。
「手帳をはじめ、日記やメモ帳やネタ帳など、さまざまな種類の手で書かれた冊子を指します。プライベートな状態で書かれた、誰かに見せるつもりではなかったはずのものが、時間を経て書き手から離れていき、プライベートな制限が取り払われ、『手帳類』になるのです。手帳類は、アーティストや作家に作ることができません。手帳類は、読んでもらうために書かれたものではなく、かつて行われた日常的実践の痕跡でしかありません。だから、過去に誰かのプライバシーだったものを覗き見るという不思議な倒錯のなかで、読み手が主体となって見出されるものだと言えるでしょう」
ここを主催する志良堂正史さんの経歴も異色です。
「1980年生まれ。発見的収集家。北海道でサラブレッドの調教に従事したのち、ゲーム会社にてプログラマのとして経験を積む。その後フリーになり『シルアードクエスト』などの個人制作ゲームを発表。現在は個人事業主。手帳類の収集は2014年より開始し、現在は1200冊以上を所蔵。その一部を手帳類図書室にて常設展示している」
 今、ネット上にある情報を並べているだけなのに、見ず知らずの人が書いた、紙の上に踊る文字を覗きに行きたくなります。

この世で一番面白いのは、やはり他人が、決して人に読ませるつもりもなく、大っぴらに、油断して、警戒心ゼロで書いた、BLOGではない古い手書きの日記やメモ…なのかもしれません。

 

検索できなければ意味がない
 メモや日記を後から役立てようとするには、必要な情報に必要な時にすぐアクセスできなければ意味がありません。
 ボクの古くからの芸人仲間でモノマネ芸人の松村邦洋くんは、天才的な生き字引の人なので(もちろん見えないところで、マメな努力や情報整理をしていますが)阪神タイガースや大河ドラマおよび歴史の話、芸能スキャンダル史に関する話題は、こちらが「もういい!」と言うまで、モノマネ付きで事細かに、情報を教えてくれます。
 確かに一番便利な検索機能は、自分の記憶力で、好きなものは特に苦もなく覚えていられますが、世の中、自分が忘れていることのほうが情報価値が高かったりします。
 メモや日記は、あらかじめ、デジタル化しておくのが圧倒的に便利です。
 それは後から検索が簡単だからです。
 今から書き始める人は、デジタルデータで書くことをオススメします。

 問題は、過去にデジタルツールのなかった時代の日記を有効活用するにはどうしたらいいかです。
 過去の膨大な日記をスキャンして、ソフトで文字を読み込ませてデジタル化するという手もありますが、手書きの文字はそう易々とはいきません。
 そうなると、自分で日記を読み返しながら、固有名詞や人物、店名、社会ニュースなど、今後、自分に必要と思われるものの索引を作ったり、事務用品の目次シール(マイタック)などを貼るとか、様々な工夫が必要となります。

 

日記での思いがけない出会い
 これはボクのように日記を公開してる場合の例であって、必ずしもみなさんに当てはまるわけではありませんが、例えば、ビートきよしさんとか松本人志さんというように、固有名詞を出すと、まあまあの確率で「あれ読んだよ」と本人や、関係者から反応が返ってきたりします。
 また逆に受け身の話でたとえれば、自分がテレビを観ていて、そこに20年ぶりぐらいに見かけた人物に、脳内の記憶がつながり、詳細を過去の日記で調べると、すっかり忘れていた交流が思い出されたりすることなどがあります。
 そして、思い立って年賀状や暑中見舞いに、ひと言、先日テレビで見かけた話と、もう相手がすっかり忘れているようなエピソードを添えたら、とても喜ばれること請け合いです。
 人の性格は様々ですから、中には「ほっといてくれ、もう忘れてくれ」という人もいらっしゃいますので、その加減は難しいですが、忘れえぬ人との思い出を喚起してくれるのも日記の良さだと思います。

 メモ書きの集大成、メモ書きの延長上に日記はあるのです。
 とりあえず、
 「お前ら! とにかくメモれ!」

 第1回
第3回  

プロフィール

水道橋博士

1962年岡山県生れ。ビートたけしに憧れ上京するも、進学した明治大学を4日で中退。弟子入り後、浅草フランス座での地獄の住み込み生活を経て、87年に玉袋筋太郎と漫才コンビ・浅草キッドを結成。90年のテレビ朝日『ザ・テレビ演芸』で10週連続勝ち抜き、92年テレビ東京『浅草橋ヤング洋品店』で人気を博す。幅広い見識と行動力は芸能界にとどまらず、守備範囲はスポーツ界・政界・財界にまで及ぶ。著書に『藝人春秋』(1~3巻、文春文庫)など多数。

水道橋博士の日記はこちら→ https://note.com/suidou_hakase

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「お前らとにかくメモれ!」