桃山時代の建築物を味わう
一夜にしてほぼすべてを燃やされるほどのダメージを被った比叡山では、多くの宝物が消失しました。一方で、三井寺では宝物が別の場所に移されたことで、保存に成功しました。そのため、現在、密教美術が豊富に残っているのも三井寺の方です。
三井寺に到着すると、まず「大門」(仁王門)が私たちを迎えます。室町時代のこの門は、家康により伏見城から寄進されたものです。この門をはじめとして、境内には秀吉の妻・北政所、家康、毛利輝元らが下賜した他寺院や塔頭(たっちゅう)の建物が多く存在し、芸術性の高い建築物が集まっています。
中でも北政所が造らせた「金堂」は壮大華麗な桃山文化の味がよく出ていて、国宝に指定されています。堂内には立派な仏像が多数安置されており、驚くことに円空の仏像も数点ありました。円空は基本的に中央権力とつながるような大きな社寺を避けていましたが、どうやら三井寺の密教には心惹かれ、親しくしていたようです。
金堂前には、「三井の晩鐘」である鐘楼が建っています。小さいものですが、これも桃山時代の建物で、なんと数百円で鐘を叩いて響かせることができます。私は鐘を叩くことはしませんでしたが、かつて夕暮れ時の琵琶湖に、晩鐘が響き渡る光景を想像しました。
著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。
プロフィール
アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。