狩野光信の襖絵と壁画
屏風や襖絵に興味のある私にとって、三井寺でぜひとも見ておきたいものが、「勧学院客殿」内にある襖絵や床の間の壁画でした。狩野永徳の嫡男、光信によって描かれたもので、桃山美術の傑作とされています。
一般的な狩野派の絵画は、日本的な雰囲気はあるものの、山の輪郭、木々の枝ぶり、水の流れの表現方法は中国的な「唐様」になっています。しかしなぜか、光信の絵は「大和絵」の明るさと柔らかさを持ち合わせているのです。彼の絵は、桃山時代の絵画の中で最も美しいものの一つです。
勧学院客殿は通常非公開で、さらに私たちが訪れた時は修理工事の最中でしたが、幸い境内の文化財収蔵庫に、襖絵と床の間の壁画が保管されていました。工事終了後は勧学院客殿に複製品が飾られ、オリジナルは収蔵庫に半永久的に残ると聞きました。
室町から江戸時代初期にかけての日本の絵画は、外国人だけでなく日本人にも十分知られていない分野です。その理由として、京都の多くの寺院が非公開にしていたり、見ることができても撮影禁止にしていたりと、一般の人にとっては目にするチャンスが非常に少ないことが挙げられます。
他方で、最近ではオリジナルを別の場所で保管し、代わりに派手な複製品に置き換えることが増えてきました。
室町時代の金箔を使った作品の魅力として、その作品が経てきた時間を、鑑賞者が味わえることがあります。岩絵の具など、自然の素材が用いられた塗料が、時を経て剥がれたり薄れたりしていく中で、そこに奥深い侘び寂び、歴史の重みが現れてくるのです。
その魅力の一つに、「箔足」という箔の継ぎ目部分に生じる微妙な濃淡があります。これは、金箔に混じった不純物の酸化によって現れるものですが、最近の派手な複製品はピカピカの新品といった感じに仕上げるので、日本の伝統美である深みや重みは一切感じられません。
三井寺の勧学院客殿のレプリカがどのようなものになるか分かりませんが、ここでは文化財収蔵庫に収められている作品を、拝観時間内であれば、常時鑑賞できるようになっています。桃山時代の絵画の傑作をいつでも見ることができるのはありがたいことで、今後、日本の奥深い美に興味のあるお客さんが来た時には、まず三井寺に案内しようと思っています。
構成・清野由美 撮影・大島淳之
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