ニッポン巡礼 Web版④

フェノロサが眠る寺

滋賀県・三井寺【後編】

アレックス・カー
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日本美術に魅せられた海外の巨人たち

 

 法明院は現在の三井寺の境内からは、だいぶ離れた山の中腹に位置しています。周囲はマンションなど住宅開発が進んでおり、探すのが一苦労でした。両脇に雑草が茂った入り口をやっと見つけましたが、道は狭く、周辺はひっそりしています。その先の、古びた石段を上がったところに法明院がありました。

法明院への石段

 

 本堂横の時雨亭は、今も残っていましたが、佇まいは寂れていました。そこから庭先に回ると、眼下に琵琶湖が広がっていました。この景色は、きっと彼らが好きな眺めだったのでしょう。その庭から、緩やかな山道を上って奥に入ると、墓石や供養塔が並ぶ墓所になっていました。小雨が降りしきる肌寒い日で、ここを訪れる人は他におらず、周囲は静まり返っていました。

蔵の補強工事の最中だったが、全体に寂れた雰囲気がただよう。 フェノロサとビグローが親しんだ「時雨亭」も、見る影もなかった

 

 落ち葉に覆われ、苔むした墓石をしばらく眺めて歩くうちに、フェノロサとビゲローのお墓を見つけました。石碑に刻まれた文字を読むと、フェノロサの墓石はチャールズ・フリーアにより費用の一部が寄贈されたものでした。フリーアは一九〇六年に、自身の膨大な日本、中国などのアジア美術品のコレクションをワシントンDCにあるスミソニアン(アメリカの国立学術研究機関)に寄付した人物です。これによってスミソニアン博物館群内のフリーア美術館は、ボストンに次ぐ日本美術のコレクションを誇っています。寂れた環境の中、日本美術の普及に尽力したフェノロサ、ビゲロー、フリーアなど海外の巨人たちが、一堂に名を連ねています。

荒れた墓所にフェノロサやビグローの墓は静かにたたずむ

法明院裏手の墓所にあるフェノロサの墓は、梵字が刻まれているだけのもの。左奥には供養塔が設けられている

 

 ここにはもう一人、彼らに密教を紹介した町田久成の名もあるはずです。さらに探して、ついに久成の墓石も見つけることができました。最終的に岡倉天心だけは別の道を歩みましたが、ビゲロー、フェノロサ、久成がこよなく愛し、精神的なインスピレーションを受けたこの場所で、彼らは共に眠っています。

フェノロサ、ビグローらの墓のすぐそばに、彼らに密教を紹介した町田久成の墓も

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
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