国宝級の古材コレクション
吉村さんの「こめや」の近くに「三澤屋」という、もう一つの繁盛している蕎麦屋があります。ここの主人の只浦豊次さんが、茅にまつわる、もう一人の人物です。
只浦さんは解体工事を専門とする建設業者の顔も持っていて、彼の案内で近くにある大きな倉庫へ行くと、梁、桁、壁板、床の間の床板など、福島県のみならず東北一帯から集められた古材が、数メートルもの高さに積み上げられていました。古民家を解体する時に古材が廃棄されてしまう現状を「もったいない」と感じて集め始めたといいますが、その種類と量に、私はひたすら圧倒されました。
只浦さんは集めるだけでなく、これらの古材を利用して三澤屋の横に自邸を建てました。それでも、色も形も種類も豊富な古材が倉庫にはまだまだ大量に残っています。只浦さんのコレクションは、ケヤキ、松、ブナ、栂(つが)()、桜、栃、柏、イチョウなど、無垢板の樹種も多様です。今の日本の森林ではケヤキは絶滅品種に近く、柏や松などもかなり伐採されてしまっているので、太い木はほとんど残っていません。
また、手斧(ちょうな)の跡が入った梁や桁などは、単独ではまるで手彫りのアートのように見えます。昔の梁材の表面には、手仕事による独特な刻み模様が付いていますが、そういったものは一世紀ほど前から作られなくなっていますので、今後は見ること自体が難しくなるはずです。そう思うと、只浦さんの古材コレクションは国宝級といってよいかもしれません。
大内宿は五百メートルほどの短い街道沿いに、約二百人の住民が暮らす集落です。限られた狭い地域に、吉村さん、只浦さんのような人物が揃っていることは珍しい話です。彼らだけではありません。一年八カ月の間に三度、大内宿を訪れた私は、毎回、どこかの家の茅葺き屋根が修復工事中であることに、注意を惹かれました。つまり、ここには町並みのために、たゆまぬ努力を払っている人たちが数多くいるのです。日本一の茅の町は、次の時代にも元気な形で受け継がれていくことでしょう。
構成・清野由美 撮影・アレックス・カー
著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。