ニッポン巡礼 Web版⑤

「茅葺き古民家」に人生を捧げる人々

福島県・南会津【前編】
アレックス・カー

廃校の校舎を利用した「茅葺き教室」

 まだ雪の残る三月、風が薫る五月、そして紅葉が始まった十一月と、私は三回にわたってこの地を訪れることになりましたが、どの季節に行っても、大内宿の入り口に設けられた大型バスの駐車場は、バスツアーの観光客で賑わっていました。もちろんマイカーで訪れる人たちも、たくさんいます。集落内の多くの家は蕎麦屋や土産物屋を営み、たくさんの人たちを迎えていました。現時点では「オーバーツーリズム」(観光過剰)にまでは至っていませんが、将来が少し心配です。

 しかし、それ以上にこの地域で今後、大きな課題となるのは「茅」という素材そのものです。四十軒以上の茅葺き古民家を維持するためには、膨大な量の茅と資金、そして屋根を葺く技術が不可欠です。私が手がけている徳島の祖谷(いや)や、kotoba連載版で訪れた秋田県羽後町(うごまち)など、茅葺き古民家を伝える土地は、どこも同じ問題に直面しています。

 厳しい現実の中にありながら、大内宿では茅に人生を捧げる人たちとの出会いがあり、そこに光を見ることができました。一人は、「そば処こめや」を経営する吉村徳男さんです。吉村さんはかつて下郷町役場に勤める公務員でしたが、大内宿の茅の問題を案じて茅職人に転じ、現在は茅葺き屋根の保存、技術の継承、食文化と伝統行事の企画実行など、さまざまな活動を行っています。

 吉村さんを訪ねた時、彼は「見せたいものがある」といいながら、雪に埋もれた畑の脇を抜けて、少し離れたところまで私を連れていきました。そこには閉校になった小学校の校舎がありました。校内に入り、廊下を進み、教室のドアを開けます。すると、一軒の小さな家ぐらいもある、堂々とした茅葺き屋根が、大半を占める空間が広がっていました。傍らには茅や竹、茅葺きの道具類が置かれています。この部屋は茅葺き研修の教室に使っているとのことで、「これなら雨でも雪でも、天気にかかわらずに開催できます」と吉村さんは説明してくれました。

 私はこれまで茅を大事にしている町をいくつか訪れたことがありましたが、廃校の校舎を利用して茅葺き研修を行っているところは、他に聞いたことがありませんでした。すばらしいアイデアで、文化庁には日本各地に、このような施設をぜひとも普及させていただきたいと思います。

 

廃校が「茅葺き教室」に生まれ変わった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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