日米の支配・従属関係の根源を撃つ! 第1回

日米の支配・従属関係の根源を撃つ!

『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』 刊行記念リレー対談

内田樹×松竹伸幸
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第1回 内田樹×松竹伸幸

「戦後日本の統治機構をなんとかまともなものにしよう、敗戦国民をなんとかして絶望や自己卑下から救い出そうと努力した無名の先人たちがいた」内田樹

在日米軍の軍人による公務中の犯罪は日本の法廷で裁けない、米軍ヘリが大学に墜落しても日本側は現場検証すらできない等、さまざまな〝米軍の特権〟を規定し、不平等条約ともいわれる「日米地位協定」。
その地位協定の前には、それ以上に“すさまじく不平等”な「日米行政協定」があり、第二次世界大戦敗戦後当時の日本の官僚たちは、これをなんとかまともなものにするため「行政協定改訂問題点」という文書にまとめ、米側に要望を出した。
官僚が求めた改善点は地位協定にどのように反映され、あるいは無視されたのか?
そして米側と交渉する官僚の態度は、年を経るにしたがってどう変わっていったのか?
それを徹底研究したのが松竹伸幸氏の新著『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』である。
著者松竹氏と思想家内田樹氏が“日米関係の闇”に斬りこむ!

構成・文=稲垣收 写真提供(内田樹)=三好妙心

 

かつては対米交渉を試みた官僚もいた

―まず内田先生に、本書の御感想をお願いします。

内田 松竹さんにはまずこんな精密な研究をしていただきまして、本当にありがとうございますとお礼を申し上げたいと思います。日米地位協定の条文は一人で読んでも意味がわからない部分が多いので、こうして1条ずつ逐条的に解説していただいて本当に助かりました。

松竹 そう言っていただけるとうれしいですね。

内田 この本では日米地位協定とその前の行政協定を日本の官僚がどのように改定しようとしてきたか、その努力のあとをたどった点がたいへん参考になりました。それによって戦後75年間の日米関係の推移が見えてきました。戦後75年間、日米関係はまったく同じようであったのではなく、途中に実は大きな転換点があったというのはとても重要な指摘だったと思います。

松竹 そうですね。

内田 僕も前からなんとなく、どこかで日米関係に決定的な転換点があったんじゃないかと思っていたんです。どこかで「対米自立」の夢を捨てて、「対米従属」一辺倒路線を切り替えた。ただ、いつ頃、どういうきっかけで路線転換したのかがはっきりしなかった。

 通史的に見ると、敗戦と米軍による占領が終わって、日本が独立を回復するのがサンフランシスコ講和条約の1952年です。日米行政協定がこのときに締結される。それが60年に日米地位協定に改定される。そのときに日本の官僚たちがこの「不平等条約」をなんとか対等なものに改定しようと、ずいぶん水面下で努力したことをこの本で教えていただきました。

 松竹さんも強調されていますけど、官僚たちのそういう仕事は水面下でのものでしたから、歴史の表舞台には出てこない。でも、官僚たちは「なんとかしてアメリカへの隷属体制から国家主権を奪還しよう」と努力してきた。「なんとかして主権国家に戻したい」という明確な意志があった。その志には僕は敬意を覚えます。少なくとも60年安保の改定の時点までは官僚たちにもそういう志があった。

松竹 はい。昔は官僚だけじゃなく、たとえば首相の吉田茂だって、アメリカに従属しているように見えて、実は相当考えてやっていたと思います。

 アメリカ支配の下ではなかなか本音を言えない中で「なんとかしたい」と思っている人たちがいた。そういう人が59年の時点でもいて、それなりに主権を貫くための案をまとめて、頑張ろうとした。しかしそうした日本側の要望はほとんど通らず、彼らは挫折を味わいました。

 でも今は「地位協定を改定しよう」ということ自体、官僚の世界でも政治の世界でもほとんど話題にすらなりません。しかし少なくとも59年、60年の時点ではそうじゃなかった。

内田 当時の政治家や官僚たちは、行政協定が地位協定へ改定されることにどういう歴史的意味があるかははっきり理解していたはずです。でも、それが「対米自立」を果たすための戦術的迂回なのだというふうに市民に向かって説明することはしなかった。だから、60年の安保条約改定にどのような政治的意味があるのか、どのような歴史的文脈の中でそれが改定されようとしているのかを説明されないままに、岸信介という政治家を信じられるのかどうかという属人的な問いに矮小化されてしまった。

 ですから、当時、日米協定のフロントラインで必死に交渉していた官僚たちは、安保闘争が生み出した国内の政治的対立にずいぶんがっかりしたんじゃないかと思います。彼らなりに日本の国益を守ろうとしてきた努力を国民が理解してくれないって。

 そういう「なんとかして国家主権を回復し、国土を回復し、独立国民の誇りを回復したい」と切望していた50年代の、われわれがもう名前も知らない官僚たちの、歴史の中に埋もれた努力のあとを松竹さんが掘り起こしてくれたことはほんとうによい仕事をされたと思います。いい供養になったんじゃないですか。

 ただ、主権の回復といっても、立ち戻る先が大日本帝国だということになると、これはリベラルや左翼からの強い反発が予想される。アメリカからも支持されないし、日本国民からも支持されない。そういう難しいところで、戦後日本の統治機構をなんとかまともなものにしよう、敗戦国民をなんとかして絶望や自己卑下から救い出そうと努力した無名の先人たちがいた。そのことを僕も最近別の機会に知ったのですが、こういう人たちのことは、やっぱりきちんと評価していかないといけないと思います。

 今回の松竹さんの本ではっきりしたのは、戦後しばらくの間は政治家や官僚たちが、対米自立をめざして、少しずつ尺取り虫の歩みのように米軍から譲歩を引き出してきていたのが、ある時点で交渉を止めてしまったということです。70年代の途中から米軍が日本の国土を支配しているという状況を、むしろ国民の目から隠蔽(いんぺい)していく方向になった。

松竹 ええ。この本で書いたように、60年安保以降も「なんとかしよう」という思いがあったけど、大きな変換があって「もっと自由に日本の本土の基地も使えるようにしよう」という米軍の思惑もあり、「何を要望しても結局うまくいかない」というのが何年も繰り返される中で、それが普通の状態になってしまった。政治家も官僚も劣化していく過程が、この本を書きながら見えてきました。内田先生にそこを読んでいただきうれしく思います。

 今は、日米地位協定の文書そのものを改定しようという動きは、日米どちらの側からもまったく起こっていないのが現状ですね。

 

内田 今、僕たちは21世紀に入ってもうずいぶん経つわけですけれど、日本の国家目標から「国家主権の回復」と「国土の回復」が消えてしまっている。だから、何をしていいかまったくわからなくなっている。第二次安倍政権と今の菅政権というのは、「国家目標を持たない国」の政府の典型的なかたちだと思います。米軍基地の撤収も、沖縄と北方領土の回復も、もう彼らのアジェンダ(協議事項)には載っていない。主権国家としての国家戦略がない。国際社会の中でもどういう役割を果たすべきかについての展望もない。国として漂流状態に入っているように見えます。

 松竹さんの本を読むと、この日本の漂流状態が70年代頃に始まったことがわかります。日米地位協定の改定というのは日本の国家主権の回復の一つの指標ですよね。でも、地位協定を議するのは日米合同委員会という非公開の場です。日米の2国家間の本質的な問題が議されるのが、国会ではなく、われわれが選んだわけでもないし、権限を負託した覚えもないし、そもそも名前も顔も知らない委員たちによって論じられ、決定されている。これはほんとうに国のあり方として歪んでいると思います。

 本来なら、外交交渉を通じて日米関係は変わっていくべきであるにもかかわらず、その交渉のチャンネルが日米合同委員会というまったくのブラックボックスに丸投げされている。そして、日米合同委員会は「対米自立」のためにはこれまでまったく機能していないわけですけれども、われわれはその事実さえ知らされていない。松竹さんの本は、そういう戦後日本の暗部をえぐり出してくれたと思います。

松竹 ありがとうございます。

内田 日米合同委員会が非公開であるけれども、日本側の代表者の中に高い見識があり、スケールの大きい人物がいて、米側の代表者を情理を尽くして説得できていれば、そこをレバレッジ(テコ)にして日米関係が変わったということもあったかもしれないんですよね。可能性としては、そういうこともあり得た。しかし、実際にはそんなことは起きなかった。日本側委員たちはある時期からあとは、日米関係において日本側の主張を米軍に呑ませるという努力をまったく放棄して、対米従属に固定してしまった。

 

日米間以上に不平等な地位協定を
ジブチと結んでいる日本

松竹 そうですね。でも実は、地位協定に関連する周辺の動きはいろいろあります。

 日本はジブチに自衛隊を派遣していますよね。それで時々、自衛隊基地に現地の民衆が押し寄せてきたりして、いざこざがあったりする。あるいは自衛官が現地で車両を運転する際に、事故を起こしてケガをさせたりひき殺したりしてしまうかもしれない。

 ところが日本とジブチとの間の地位協定では事件や事故が起こっても、現地国ジブチ側に裁判権がまったくないんです。日米の場合、一応はアメリカと日本で折半している、という関係があるけれども、日本とジブチの間では、それすら全然ない。だから今、自衛官が現地で自動車事故を起こしても現地では裁かれない。さらに日本には国外犯規定というのがあって、自動車事故などでは日本に戻ってきても裁かれません。これは大きな矛盾です。

内田 治外法権なわけですね。

松竹 ええ。この問題を放置していたら、「〝日米地位協定は不平等だ〟と日本は言うが、ジブチでは日本の方がずっと不平等な特権を享受しているじゃないか」と言われてしまう。それをなんとかしようということで、今動き始めていて。去年、PKOに非常に詳しい伊勢﨑賢治さん(元国連職員で東京外大教授)が責任者になり私も事務局長として参加して、これをなんとかしよう、ということをやっています。「国際刑事法典の制定を国会に求める会」というのですが、自衛隊関係の法整備だけでなく、ジェノサイド(集団殺戮)などを裁く法体系をつくろうとして、法案の概要も明らかにしています。

 このうち、自衛隊の国外犯規定については、河野太郎さんが防衛大臣のときに山尾志桜里議員がこの問題を質問して、これは絶対是正しないとダメだということで、珍しく防衛省が法律をつくる作業を始めました。河野さんが防衛大臣をやめたときも山尾さんに「継続してちゃんとやります」と言ってきたそうです。

 そんなこともあって、「不平等なものをそのままにしてはならない」という動きが防衛省の中でも少し出てきた状況はあります。

内田 ジブチと日本が不平等な地位協定を結んでいる以上、日本政府には日米地位協定の不平等性を倫理的に批判する資格がありませんね。強国は弱国に対して不平等な地位協定を結ぶ権利があるという「弱肉強食」ルールに日本政府自身が同意しているわけですから。

 これは1854年の日米和親条約と似ていますね。日本は砲艦外交によって、欧米に不平等条約を呑まされたわけですけれど、その後近代化を遂げた日本は、今度は李氏朝鮮に対して江華島条約(日朝修好条規、1876年)という不平等条約を押しつけた。自分たちが味わった屈辱的な思いを、今度は別の国に向かって強いた。そういうことをしていたのでは、いつまでたっても不平等条約を倫理的に批判することはできない。

 ジブチとの地位協定で今でもそれに似たことをしているのだとしたら、日本政府は帝国主義の時代の「強い者は何をしても許される」というルールをまだ信じているということになる。それならたしかに「対米自立」なんていうアイディアが出てくるはずがない。「アメリカは強い」なら「アメリカには逆らえない」ということに自動的に帰結するわけですからね。そこからは、「じゃあ、日本も強くなろう」という解しか出てこない。もっと軍事力を強めて、砲艦外交ができるようになろうという結論しか出てこない。安倍政権以来の一方でべったり「対米従属」しつつ、他方ではこわもての「戦争ができる国」になろうとしている一見すると矛盾している路線の意味も、このジブチとの地位協定を見るとわかりますね。

 そうではなくて、本来なら日本は「不平等条約は国力の強弱で決まってよい問題ではなくて、ゲームのルールそのものが間違っている」と主張すべきなんです。もう日米は占領国と被占領国という関係じゃない。そのことをはっきりアメリカに告げるべきなんです。これからは基地の問題も、地位協定も、国際法に基づいた外交交渉で解決すべきだ、と。その主張の根拠を自分から踏みにじるようでは、発言する権利がない。弱国である以上、交渉相手の強国に対して倫理的な優位性を持たない限り、国際社会からの支援なんか期待できるはずがない。

松竹 おっしゃる通りですね。

 

沖縄が万国の架け橋になる、という発想

松竹 もう一つ大きな動きがあるのが沖縄です。これは東アジアの安全という今日の主題にも関わる話です。沖縄で今の玉城デニー知事の下で、万国(しん)(りょう)会議というのができています。津梁というのは架け橋という意味で。「沖縄が万国の架け橋になる」というのが琉球王朝の頃からの言葉として残っているらしくて。デニー知事がその言葉を持ってきて、万国津梁会議というのをつくり、辺野古の問題を中心に、沖縄の基地問題や、海兵隊撤退の問題を議論してくれ、ということで。柳澤協二(*)さんが委員長になって、あと4、5人の有識者がこの1年半ほどずっと議論を続けていて、去年3月に第一次の報告を出して、今年3月には第3次報告を出します。この会議は最終的には地位協定の改定を提起していきます。

 今アメリカは、アジアでの中国に対する戦略を大転換しようとしています。背景にあるのは、中国の力が強大になってきたこと。中国に近い沖縄みたいなところに巨大な固定化した基地を置いていたら、中国のミサイルに狙われて機能できない。だから、そういう固定化した巨大な基地に依存するのでなく、小規模分散型で中国の懐に飛び込んでいく、みたいな戦略に今、大きく変わってきつつあるんです。

 そういう状況を踏まえて、「それなら辺野古に巨大な固定化した基地を置く必要はないじゃないか」と訴えていけばアメリカ市民の共感も得られるはずだと。

 もしアメリカが軍を分散化して展開するという戦略を取るなら、それを日本が何らかのかたちでサポートする。たとえば宮崎県の新田原(にゅうたばる)基地とかいろいろな基地がありますが、そこで演習をするとか、離島で演習するならサポートする。そういうことをちゃんと日本がやっていけば「もう辺野古は要らないんじゃないか」と提起できるだろう、と。

 ただ、それをやろうとすると、九州の基地に米軍が来ることを沖縄が提案するようなかたちになってしまうので、その前に日米地位協定を改定して、米軍が展開しても、演習や基地による被害を抑えられるような仕組みをつくっていこうというのを今、真剣に沖縄県が提案しようとしているんです。

 そんなこともあって、今度の総選挙では割と、どの野党も、いろいろ地位協定に関することを掲げていくようです。

内田 そうですか。出すんですか。

松竹 ええ。だから、そういうことが話題になっていく環境は、今年つくられるんじゃないかなと思います。

内田 なるほど。

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関連書籍

〈全条項分析〉日米地位協定の真実

プロフィール

内田樹×松竹伸幸

 

 

内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京生まれ。思想家。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論。主著に『街場の現代思想』(文春文庫)、『日本習合論』(ミシマ社)、『サル化する世界』(文藝春秋)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞)、『日本辺境論』(新潮新書・2010年度新書大賞)。『一神教と国家』『アジア辺境論』『善く死ぬための身体論』(集英社新書)等著作多数。

 

松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)など著作多数。

 
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