特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第7回

『羽生結弦は捧げていく』高山真が見た、フィギュアスケート世界選手権1日目

高山真

◆女子シングル/ショートプログラム

 会場でリアル観戦をするたびに感激することなのですが、演技前の6分間練習、グループが後半になるごとに、スケーターたちのスピードがグンと上がっていくことを肌で感じられるのが本当に好きです。

「技を、スピード豊かに、大きく、そして正確におこなう」ことがいかに大切か、選手たちがウォームアップの段階から見せてくれているような気がします。

 個人的に、第4グループのイサドラ・ウィリアムズの使用曲『Take Five』で、女子シングルつながりで1997年の陳露のショートプログラムを懐かしく回想しました。当時絶不調だった陳露は、実はこの年の世界選手権でフリーに進めなかったのです。陳露の『Take Five』の完成形、ワールドで見てみたかった……。

 もうひとり、同じ第4グループのイー・クリスティ・リャンは、マリア・ブティルスカヤの傑作中の傑作、2000年世界選手権のショートプログラム(Maria Butyrskaya 2000 Worlds SP)と同じサラ・ブライトマンの『セーヌ・ダムール』で演技をおこないました。夢のように美しい曲をバックに、静謐な世界観を出す。本当に難しいチャレンジだったと思いますが、私は心から堪能しました。

 いまの選手たちの努力の結晶を見せてもらいながら、レジェンドたちの輝かしい演技を思い出すこともできる……。フィギュアスケート観戦の醍醐味のひとつです。

 

 そして、第6グループ(最終グループのひとつ前)と、最終グループの密度の濃さは、とんでもなかった……。

 第6グループの火ぶたを切った、ガブリエル・デールマン。『カルメン』のパッションとパワー、ファム・ファタルの妖艶さがミックスされた素晴らしい出来。私自身がこの数年、なかなか体調が安定しないこともあり、さまざまな心身の不調と戦いながら、なおも高みを目指すスケーターに感情移入してしまうのですが、デールマンの演技が終わった瞬間、何かこみあげるものがありました。

 続くイム・ウンスも、端正なスケーティングをじっくり見せつつ、すべての要素にまったく粗のない名演技。マライア・ベルは、セリーヌ・ディオンの厚みがあって、かつ天に届くようなヴォーカルに負けないどころか、セリーヌの声を引っ張っていくかのような雄大さ(そしてその中にある可憐さ)を表現していたと思います。

 そしてエリザヴェート・トゥルシンバエワ。個人的には「この2シーズンでもっともジャンプが大きくなった選手」のひとりだと思っています。ベートーベンの『月光』をバックに、スピードと大きさ、そして静謐さとエレガンスという、相反する要素を極限まで両立させたプログラムと感じました。手が痛くなるほど拍手を送った私です。

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

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『羽生結弦は捧げていく』高山真が見た、フィギュアスケート世界選手権1日目