噂の大衆食堂を発見!
まずは阪堺線の方に乗ってみることに。始点は恵美須町停留場だが、その隣の停留場である新今宮駅前停留場の窓口では、一日の間、乗り降りが自由になる「てくてくきっぷ」が購入できるそうなので、それを購入してからいくことにした。
新今宮駅前停留場はJR新今宮駅のすぐそば、改札を出て徒歩2分程度で着く距離だ。もし大阪に旅行に来て初めてここから阪堺電車に乗る人がいたら「本当にここでいいのかな?」とちょっと驚いてしまいそうな、年季を感じるホームである。
ホームでしばらく待っていると、1両編成の路面電車がやってきた。早速乗り込んで我孫子道停留場を目指す。
まずは大阪市西成区内、住宅や小規模な工場の立ち並ぶエリアを貫く線路上をしばらく走り、東玉出停留場の手前から自動車の走る道路併用区間に出た。当然だが、自動車同様、赤信号の前では停車して信号待ちをする。塚西停留場あたりでは道幅が一気に広くなり、視界も開ける。どんどん変化していく車外の風景を眺めているだけで楽しい。
我孫子道停留場で一度乗り換え、終点の浜寺駅前を目指す。奈良県から大阪湾へと流れる大和川を越えるとそこからは堺市だ。
徐々に乗客の姿が増えてきた。お年寄りの姿が多く、荷物の多い人がいれば車掌さんが降車の手伝いをする。寺地町停留場を過ぎたあたりで、窓の外に「ゲコ亭」と壁に大きく書かれた店が見えた。「あっ」と思わず声をあげ、停車ボタンを押す。チーンと鈴を鳴らしたような音がして、次の御陵前停留場で私は下車した。
線路に沿って道を少し引き返し、「ゲコ亭」の前にやってきた。ここは1963年に開業した大衆食堂で、並々ならぬこだわりを持って炊かれたご飯が美味しいことで有名なのだ。以前から一度行ってみたいと思っていたので思わず下車してしまった。せっかく一日乗車券を買ったのだし、こうやって気が向いたところで降りてみるのもいいだろう。
活気に溢れた店内に入ると、ずらりと並ぶ焼き魚やフライ、総菜類に目が釘付けに。ここから選んだものをお盆に乗せ、自分好みの定食を作るのがこの店のスタイルらしい。
焼き鮭と高野豆腐と糸こんにゃくの煮物と豚汁と……テンションが一気に上がり、欲張って取り過ぎてしまった。
豚汁を少しすすり、鮭をほぐしてご飯に乗せて食べてみる。なんとふっくらしたご飯だろう……。思わず「うま!」と大きめの独り言を発してしまった。そこからは箸が止まらず、猛然と食べ続けた。
店には、近隣でお仕事をしているらしき人々や若者グループなどがひっきりなしにやって来て盛況だ。周辺に飲食店がそれほど多いようには見えなかったので、きっと多くの人はこの店を目指してやって来るのだろう。どの小鉢も美味しくて大満足だったが、それにしても満腹だ。次回はもうちょっと冷静におかずを選ぼうと誓いつつ外に出た。
2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。
プロフィール
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。