「それから」の大阪 第19回

30年前の景色を探して、大正を歩く

スズキナオ

 社会学者の岸政彦、小説家の柴崎友香の共著である『大阪』(河出書房新社)は、私にとって大事な一冊だ。若い頃、大学進学のために大阪にやってきて、それ以来ずっと住んでいる岸さんと、大阪で育ち、今は東京で暮らしている柴崎さんが、それぞれの視点から大阪について書いたエッセイ集である。

 二人とも、決して大上段に構えた態度で大阪を語らず、あくまで自分たちが過ごしてきた大阪の、生活の手触りのようなものから離れずに書いている。読んだからといって「大阪とはこういう土地である!」といったことが言えるようになるわけではない、むしろ大阪がますますわからなくなっていくようでもあるが、しかし、この町で暮らしている人たちのことや、かつて確かにあった風景や時間のことを少し身近に感じられるようになる気がする。いつか私もこんな風に大阪を書けたらと思う、自分にとっての道しるべのような本だ。

 その『大阪』という本の表紙に、印象的な絵が使われている。錆びたドラム缶と重機と、赤と白のしましまに塗られた大きな煙突とが見える空き地に、ポツンとたたずむ一匹の犬。柴犬のような毛色の犬だ。裏表紙にも口絵にも同じタッチのものが使われているが、やはりどの絵にも大阪の港湾エリアらしい風景が描かれていて、一匹の犬の姿がある。この絵について柴崎さんが巻末にこう書いている。

“この本にこれ以上ないくらいすばらしい装画は、小川雅章さんの絵です。最初、岸さんからこの方の絵がものすごくいいとSNSのアカウントを教えてもらい、どの絵もあまりにわたしにとっての大阪が描かれていて、子どものころにさまよっていた場所そのもので、そしてこの風景をこんなふうに描くことができるなんて、と衝撃でした。”

 小川雅章さんが描く絵に、岸さん、柴崎さんともに思い入れのある大阪市西側の港湾エリアの風景が多いこと、また、小川雅章さんがかつてやっていた「楽天食堂」という、担々麺が名物のレストランに柴崎さんがよく通っていたことなど、色々なきっかけが重なってこの本の装画に使われたようである。

 その小川雅章さんの個展が2022年の3月末から4月の半ばまで、なんばにある「オソブランコ」という雑貨店のギャラリースペースで開催されていた。私は『大阪』の表紙を通して小川さんの絵を知ったにわかファンだが、ぜひ原画を見てみたいと思い、会場に足を運んだ。

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 第18回
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

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プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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30年前の景色を探して、大正を歩く