スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第3回

東アジアの友人とタパスを食べに行く

飯田朔

2 スペインのバルでお国の悪口に花を咲かす

 長時間労働、セクシャル・ハラスメント、政治家たちの独裁気質…、ヨーロッパの若者たちとは共有しづらいこれらのテーマも、東アジアの同世代同士だと、うんうんとうなずきながら、それを肴にバルで飲んだりすることもできる。東アジアを飛び出し、大陸の果てまできた者同士、お国の汚点を笑い合いながらタパスを口に入れる。

 たとえば8月の終わり、ぼくは語学学校で7か月一緒に勉強した韓国の女子学生Gと中国の男子学生Fと一緒にサラマンカ旧市街のバルへ行った。

 サラマンカの飲食店でよく見かける、チュレトン(牛肉のステーキ)とエビのプランチャ(鉄板焼き)を大皿で注文し、分け合って食べる。そのとき「自分の国のテレビニュースで隣りの国はどう報道されているか」が話題にのぼった。ぼくが、日本のテレビでは韓国・中国の悪口ばかりだよ、と言うと、Gは、韓国では日中の悪口ばかりだと言い、Fは、中国では韓日の悪口ばかりだと答える。3人で「なんなんだ、自分らの国は」と笑い合った。スペインは隣りの国々(ポルトガルやフランス、モロッコ)と友好関係を築いているらしく、東アジアの国々の関係の微妙さは、スペインにいると余計に際立って見える。

街角には「迷い猫を保護した」という張り紙が。

 また、かれらと一緒に街を歩くと、東アジアの国、社会が共通して抱える問題と、そこから眺めたときのスペインの面白さについても実感させられたりする。

 ある週末の晩、中国人のFと散歩したとき、通りのテラス席でスペイン人たちがにぎやかにおしゃべりをしており、Fはその様子を見て「スペイン人は本当に週末の楽しみ方を知っている。グラス一杯の水やワインで、長い時間あんなに楽しそうに過ごしている」とつぶやいた。中国の自分の街だったらみんな働いてばかりでこんなにゆっくり過ごすことはできない、ともこぼす。日本ももちろん中国と同じか、それ以上の過剰労働だ。

 先日沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいたら、沢木がマドリードに滞在したとき、他のヨーロッパの国では日曜日は商店が閉まり、ひとけも少なくなり、「自分がまったく独りきりの存在だ」と思い知らされるのに、マドリードの日曜はどこか違っていたと書かれていた。

 

(…)街にどこか人を陽気にさせるものがある。親子連れや恋人同士が仲良く歩いているのはどこでも同じだが、なぜかそれが他の国で見た親子連れや恋人同士より楽しげに見えるのだ。

 『深夜特急6 南ヨーロッパ・ロンドン』(1994年、新潮文庫)102頁

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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