スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第3回

東アジアの友人とタパスを食べに行く

飯田朔

4 サラマンカの壁に描かれたハイジと出会う

 実はサラマンカでは、あちこちで高畑勲やそれ以外の日本のアニメのキャラクターたちに出会うことがある。こちらにきて最初ホームステイをしていたとき、夜ホストファミリーとテレビニュースを見ていたらよく知るアニメのキャラクターの顔が突然画面に映し出された。それは「みつばちマーヤ」だった。画面には40周年云々とテロップが流れている。おばさんに聞くと、『みつばちマーヤの冒険』は40年前にスペイン語吹替で大ヒットし、マーヤ以外にも『母をたずねて三千里』や『アルプスの少女ハイジ』などが当時人気を得ていたと教えてくれた。おばさんはやけになつかしそうに「ハイディ、ハイディ」とつぶやいていた。

 たしかにサラマンカの街を歩くと、マーヤの絵柄の食器が売られていたり、住宅の壁に住人が描いたらしいハイジの絵を見つけたり、いまでもこうしたキャラクターたちが人々に好かれていることが伝わってくる。それに、マーヤやハイジのような素朴なキャラクターたちが好かれていることに、どこかスペインの人たちの性格のいい部分があらわれている気がした。

 サラマンカのバルでは混み合った時間帯でもベビーカーを押した夫婦や幼い子どもを連れた家族が入ってくる。店員も他の客もけっして嫌な顔をせずに、かれらに道をゆずったりして配慮をする。バルのテラス席では犬の散歩中にコーヒーを飲みにくる人もいて、店員が、飼い主の横でねそべる犬のために水のお皿を用意し、運んでいる光景なども見かける。

 けっしてサラマンカの人たちのみんながみんな愛想がいいわけではないし、人によっては外国人に対して閉鎖的に見える人もいる。しかし、弱いものへの気づかいが非常に上手い。一見当たり前のことだと思えるかもしれないが、最近ぼくはこれが必ずしもどの国、社会でもはじめからある「普通」の光景とは思えなくなっている。たったこれだけのことを「普通」の人がやれるような社会をつくるには、いったい何が必要なのだろうか。

 台湾・中国・韓国の同世代とバルをはしごしたり、歴史についての質問をされたり、散歩したりして過ごしたこの夏の終わりに頭に残ったのは、どこかスペインでのほうが明るく見えるマーヤやハイジたちの表情だった。

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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