スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第5回

華やかではないスペイン・バルで

飯田朔
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 日本でもすっかり目にする機会が多くなった、スペイン・バル。しかし、本場のそれはわれわれが普段、見聞きするのとはずいぶん違っているようだ。店内の雰囲気、客と店員の関係、時間の過ごし方…。そこに、若き文筆家は、歴史のなかでスペインに築き上げられた「他人との関係」を見た。

 息苦しさから逃れてたどりついた土地での生活も、1年になろうとしている。若き文筆家が「その後」の生活を想う。

 

 昨年2018年の秋から今年の冬にかけ、スペインの色々な街でバルへ入るようになった。住んでいた街サラマンカでもよく行く店がいくつかでき、週に4~5回の頻度で通ったものの、自分でもなぜこんなに足を運ぶのか、よくわからない部分があった。

 そもそも、留学をはじめたころは、ぼくはスペインのバルに少しガッカリしていたのに。はじめ、バルをもっと華やかでオシャレな空間なのだろうと思い込んでいて、実際のバルの地味さに驚かされた。しかし、だんだんと現地のバルの一風変わった魅力に惹かれるようになったのである。

 

1 素朴なつまみにホッとする

 バルとは、スペインの街にかならずあるカフェもしくは居酒屋のような業態の飲食店のことだ。つづりは英語のBarと同じだが、酒類だけでなくコーヒーやサンドイッチといった軽食、ビール、ワイン、ささやかなつまみなどがある。中でも北スペインのバスク地方の街サンセバスチャンのバルは、グルメの世界では有名で、見た目は華やか、味もおいしいひとくちサイズのつまみ(ピンチョス)が店のカウンターにずらりと並べられた光景がよくテレビや雑誌などで取り上げられる。

そのためぼくは、バルといえばすっかりそうした洗練された一部の地域の店のイメージを重ねるようになっていた。しかし、実際のバルは、もっと日常に根差した場所だったのである。

たとえば、ぼくが留学した街サラマンカのバルでは、カウンターの上につまみは並べられているが、それらはあまり華やかなものではない。おいしいことはおいしいのだが、地味な味わいのものが多く、家族や友人とバルに集まり会話するときの「おまけ」のような感じだ。たいていはすでにできあがっているもので、食べる前に電子レンジであたためてくれる。

サラマンカで定番のつまみは、サイコロ状のフライドポテトやポテトサラダなどジャガイモを使った料理。「ヘタ」と呼ばれる、豚の鼻口部の肉を揚げたガムのようにかたいつまみ。ひと口サイズのパエリア。鉄板で焼いた肉を薄いトーストにのせたシンプルなつまみ。生ハムやチョリソーなど肉の加工品。内陸の地方では魚介は少なく、ムール貝やオイルサーディンがあるぐらいで、他に干しだら(バカラオ)を使った料理がおいしい。

左からサルピコン(マリネ風サラダ)、パタタス・ブラバス(タラモソースのフライドポテト)、ヘタ

 中でもぼくがよく食べたのは、ボカディージョと呼ばれるスペイン風のサンドイッチだ。スペイン内陸の乾燥したかたいバゲットにスペインオムレツや生ハムをそのまま挟んだ、素朴なものだ。ピクニックや遠出をするときによくこのボカディージョが携帯され、日本のおにぎりのような役割を担っている。どこかホッとする味で、いつしか慣れない外国生活での慰めになっていた。

スペインオムレツのボカディージョとカフェ・コン・レチェ(ミルク入りコーヒー)

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 第4回
スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔

塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。昨年(2017年)まで小さな学習塾で講師を続け、今年から、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強中。 

 
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