スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第5回

華やかではないスペイン・バルで

飯田朔
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2 バルから見える生活感

 スペインでバルへ行っている中で面白かったのは、食べ物だけでなく、そこへくる人々の生活感であったり、コミュニケーションの仕方であったりした。

 バルは家族や友人と連れ立って一緒に歓談したり、店に設置してあるテレビでサッカーを観たりする、ある種のコミュニケーションをとることが目的となった場所でもある。

バルの店主はサッカーを見ている

 そもそもスペインでは、「家族や友人と時間を過ごす」という価値観がかなり重要視されていると思う。「仕事をする」とか「家を買う」、「有名になる」といったことは二の次、三の次で、「親しいだれか」と「一緒に過ごす」ということが断然優先される風潮が感じられ、新鮮だった。

 たとえば、毎日午後6時頃になると人々は仕事を終え、家族や友人と散歩したり買い物に出かけたりする。平日の夕方でも、祖父母、子どもたち、孫たちが連れ立って散歩する、三世代の家族の姿なんかもよく見かける。とくに金曜の夜は、ほかの日よりも多くの人が路上へ出るようで、アパートの部屋にいると、窓の外から楽しそうな人たちの声が深夜まで聞こえてきて、ひとりでいるのがさびしくなってくるほどの活気だった。

 また、サラマンカで印象に残ったのは、薄暗い、景気の悪そうなバルも多いことだった。スペインの街中には、光熱費を節約するためか、店内の照明を落とした地元の人向けのバルをよく見かける。通りを歩いているとガラス戸越しに中が見え、夕暮れ時に客の老人がひとりポツンと席につき、薄暗い店内のテレビなどを見ている姿は、自分が以前持っていた華やかなバルのイメージとあまりにもかけ離れていて、頭に残るものがあった。

カウンターの足元にはよく、紙ナプキンが落ちている

 2002年のスペイン映画『月曜日にひなたぼっこ』(監督:フェルナンド・レオン・デ・アラノア)では、北部の漁港の街で、失業した造船作業員の男たちが地元の薄汚いバルにたむろし、愚痴を吐き合う様子が描かれている。スペイン各地の街にはそうした、特別おいしいものがあるわけでも、活気があるわけでもない、この社会で生きる人たちの暗さを引き受けているような、「薄暗さ」をもつ場所としてのバルもまたあるのだと思う。

 家族や友人で集まる活気のあるバルにせよ、景気の悪そうな暗いバルにせよ、そこには、人々がどう生活しているかが直接見えてくるような側面があった。

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔

塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。 

 
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