スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第5回

華やかではないスペイン・バルで

飯田朔

3 店員と客の対等さ

 さて、バルへ実際に行き何より面食らったのは、店員と客のコミュニケーションだ。店員は愛想なく、カウンターへ行ってもしばらくはこちらに見向きもしない。手が空くと近づいてきて「何にする?」とあっさりした態度で注文を取る。店の人は英語は話せず、外国人に慣れていない様子の人も多い。

 思い出すのは、二つの出来事。ひとつは、昨年の秋に北部のガリシア地方へ旅行し、サンティアゴ・デ・コンポステーラというカトリック巡礼の最終地として有名な街のバルへ入ったときのこと。もうひとつは、スペインの首都マドリードの中心街にある地元民に人気のバルへ行ったときのことだ。

 サンティアゴ・デ・コンポステーラのバルは、表通りからはずれた地元の人向けの店だった。カウンターの奥から店主のおじさんが出てきて、ぼくの方へ近づいてきたが一言も何も言わず、表情はまるで石でできているかのように険しい。まずかったかな、と一瞬思ったが、ガリシアの地元のものが食べたいと率直に伝えると、「地元のワインは3種類あり、おれの好きなのは…」などと、愛想はないが、淡々と教えてくれた。

 このように表情はかたく見えても、話すと親切に対応してくれる人は多い。無駄な愛想は使わないが、一方するべきことはしてくれる、ということか。ぼくは東京で暮らしていて、表面上は丁寧でも、客をぞんざいに扱う人を多く見てきたので、スペインで逆に愛想はないが親切な人たちを多く見たことは新鮮に感じられた。

 次に、マドリードのバルへ行ったときのこと。スペイン語学校の先生から、中心街にイカのフライのボカディージョが名物のバルがあると聞き、足を運んだ。

 店内はそれとなく年季が感じられる内装で、カウンターの中では、店員のおじさんたちが大きな声で注文を確認しあう。入ったときはかれらの声に気を呑まれたが、その後3回ほど行くと、「ああ、おまえまた来たのか」という反応ですぐに注文を取ってくれた。

 このとき気がついたことだが、バルやカフェテリアでは、初めて行ったときは、店の人はそっけない様子なのだが、なぜか「3回」ぐらい行くと、急に表情がやわらかくなってきたり、こちらの名前やよく注文するものを覚えてくれることがある。

ワインを陶器で飲む、ガリシアのバル

 スペインの店員と客の関係は日本の飲食店よりずっと対等なものだが、そこには「近所の人同士」のような、同じコミュニティに属する者の間の関係性が含まれているように思える。となり近所の人に道端で挨拶をしたり、世間話をするのと同じように、バルでは店員と客の距離感が近い。また、だからこそ客も店員に失礼な要求をしたり、えらそうな話し方をすることがないのだろう。

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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