津川友介氏
最強のエビデンス「メタアナリシス」
エビデンスの元となる研究には大きく分けて3つある。1つ目は、人がどのような生活をしているか調査して、その人たちが何年後かに病気になっている確率を評価する方法であり、これを「観察研究」と呼ぶ。もちろん健康的な生活をしている人と、不健康な生活をしている人とは多くの点において違うので、単純には比較することはできない。そこで、健康に関する多くの情報を入手して、それらの影響を統計的な手法を用いて取り除いた上で、例えば食事や運動習慣の違いによって病気になる確率がどれくらい変わってくるのか解析する。
2つ目の方法は、ある集団で順番にコインを投げ、表が出たら介入(ある食品を食べる、薬を飲むなど)を受けてもらい、裏が出たら介入をしない(もしくは偽薬と呼ばれる何の効果もない薬を飲んでもらう)というものである。コインで表が出るか裏が出るかは完全に偶然によって決まるので、全ての人においてどちらのグループに割り振られるかは偶然で決まる。このような方法を取ると、この2つのグループで唯一異なるのは、介入を受けたか受けなかったかということになるので、この2つのグループを追跡して、その後に健康状態や病気になる確率を比較することで、介入の効果を正しく評価することができる。これは「ランダム化比較試験」と呼ばれる手法である。
観察研究の場合には、調査でデータとして集められていない要因に関しては影響を取り除くことはできないという欠点があるが、ランダム化比較試験の場合には、介入を受けたかどうかの点以外に関して(コインがたまたま表になった人と裏になった人を比べているだけなので)、ありとあらゆる点において2つのグループはそっくりである。よって、ランダム化比較試験の方がより信頼できる優れた研究方法であるとされている。
3つ目は、上記の観察研究やランダム化比較試験をとりまとめたもので、「メタアナリシス」と呼ばれる。テレビである食品が健康に良いという研究結果が紹介されていたとする。しかし、実はその研究以外にも複数の研究があり、他の研究ではその食品は健康に悪いという結果が得られていたかもしれない。10個の研究があり、5個は健康に良いという結果で、残りの5個は健康に悪いという結果かもしれない。この場合はどう解釈したらよいのだろうか?
世の中には複数の研究が存在していることも多く、それらは必ずしも同じ結果を示すとは限らない。このように複数の研究結果がある場合に、それらをとりまとめて、全体としてどのような傾向があるかを評価する方法がメタアナリシスである。
メタアナリシスには重要なルールがある。研究結果が100個あったら、それらを全て偏りなく評価することが求められている。研究者が自分の主張にとって都合のよい研究結果だけを「選り好み」することは許されていない。多くの人には一つ一つの研究をじっくりと吟味する時間はないかもしれないが、メタアナリシスの結果を知ることで全体像が見えてくる。一般的に、メタアナリシスの方が単独の研究結果よりも信頼できるといえる。
メタアナリシスには、観察研究をまとめたもの、ランダム化比較試験をまとめたものがある(これら両方をまとめたものもある)。前述のように、ランダム化比較試験の方が観察研究よりも信頼できるため、ランダム化比較試験をまとめたメタアナリシスが最も信頼できる「最強のエビデンス」であるということができる(もちろんメタアナリシスの中にも質の高いものと低いものが含まれることが最近では問題視されているが、現時点では一番強いエビデンスであると捉えてもらって良いだろう)。
私は調べなくてはいけないことがあれば、まずはメタアナリシスを探すようにしている。似たものとして、「システマティックレビュー」(システマティックレビューの方が広いコンセプトであり、系統立てて論文をとりまとめるだけで、メタアナリシスのように複数の研究結果を統計的にとりまとめないものも含まれる)というものがあるので、そちらを探すこともある。それでまず全体像を理解した上で、必要があれば元となった個々の研究結果が掲載された論文を読むことにしている。
テレビ、本、ネット……健康についての情報に触れない日はない。 だが、あなたが接している健康の「常識」は、本当に正しいものなのだろうか? 確かな科学的根拠に基づいて、誤った常識を塗り替える医療エッセイ。
プロフィール
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)助教授。
東北大学医学部卒、ハーバード大学で修士号(MPH)・博士号(PhD)を取得。
聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。
著書に『週刊ダイヤモンド』2017年「ベスト経済書」第1位に選ばれた『「原因と結果」の経済学』(中室牧子氏と共著、ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)がある。
ブログ「医療政策学×医療経済学」