加熱式タバコだけ規制がない
その前に、まずタバコを取り巻く状況を復習しよう。発展途上国で喫煙率が上昇する一方で、先進国では喫煙率は低下の一途を辿っている。よって途上国では今後も紙巻タバコの売り上げが上昇する可能性があるが、先進国ではその可能性は低い。おそらくタバコ業界は、先進国で加熱式タバコや電子タバコと呼ばれる「新型タバコ」の売り上げを増やすことがカギだと考えていると思われる。
タバコの煙に含まれるニコチンには強い依存性があるものの、それ自体には発がん性はない(あっても弱い)と考えられている(しかし最近の研究では、発生したがんの進行速度を速めたり、再発を起こしやすくする作用がある可能性が示唆されている)。主に肺がんを起こすのは、タバコの煙に含まれるその他の発がん性物質である。
しかし、タバコ会社としては、タバコさえ売れてくれればよく、消費者の健康が守られればそれに越したことはないので、より発がん性物質の量の少ない商品(ニコチンさえ含まれていれば売り上げは維持できる)を販売するというのは合理的な判断である。そうして開発されたのが「新型タバコ」である。
新型タバコには、電子タバコと加熱式タバコがある。電子タバコは液体を加熱して発生するエアロゾルを吸うものである。日本ではニコチンを含有する電子タバコ用の液体は法律で規制されているため、販売されていない。日本で販売されている電子タバコはニコチンを含まないエアロゾルを吸入しているものだけである。
一方で、タバコの葉を直接加熱し、発生したエアロゾルを吸入する加熱式タバコに関しては、規制が存在しないため販売が許可されている(現在規制が検討されている )。ニコチンを含む電子タバコ用の液体の販売が規制されているのに、タバコの葉を加熱して吸入するのが規制対象外というのはおかしな話だ、と感じるのはおそらく筆者だけではないだろう。
紙巻タバコの受動喫煙がどれほど健康にとって有害なのかに関しては、十分すぎるエビデンスがある。2006年の米国の公衆衛生長官(米国における公衆衛生の最高責任者である医師)の報告書によると、紙巻タバコの受動喫煙によって肺がんのリスクは20~30%上昇することが明らかになっている。それ以外にも、心筋梗塞、脳卒中、乳幼児の突然死症候群や喘息との関係が報告されている。つまり、紙巻タバコの受動喫煙が周囲の人の健康を害することに関してはもはや議論の余地はないと考えられている。
テレビ、本、ネット……健康についての情報に触れない日はない。 だが、あなたが接している健康の「常識」は、本当に正しいものなのだろうか? 確かな科学的根拠に基づいて、誤った常識を塗り替える医療エッセイ。
プロフィール
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)助教授。
東北大学医学部卒、ハーバード大学で修士号(MPH)・博士号(PhD)を取得。
聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。
著書に『週刊ダイヤモンド』2017年「ベスト経済書」第1位に選ばれた『「原因と結果」の経済学』(中室牧子氏と共著、ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)がある。
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