あなたを病気にする「常識」 第2回

本当に「加熱式タバコは安全」なのか?

津川友介

 

フィリップモリス社のデータと食い違う論文が発表された

 問題は「加熱式タバコの受動喫煙」が周囲の人にどれくらいの健康被害を与えるかである。結論から言うと、エビデンスが不十分ではっきりとしたことは言えないのである。

 フィリップモリスインターナショナルのアイコスが、世界で初めて販売されたのは2014年のことである(世界で最初に名古屋でまず試験的に発売された)。まだ4年しか経っておらず、ほとんど研究が行われていないのが実態である。行われている研究の多くはタバコ会社によって研究費が提供されているものであり、中立的な立場での研究はまだ数少ない。文字通り「あまり分かっていない」のである。

 加熱式タバコの「受動喫煙」に関してはエビデンスが不十分であるが、「主流煙」に関しては少しずつエビデンスが出てきている。

 例えば、2017年に権威ある米国の医学雑誌に掲載された論文によると、アイコスの蒸気に含まれるホルムアルデヒドの量は紙巻きタバコの74%、アクロレインは82%であった。これらはともに発がん性物質として知られている。フィリップモリスインターナショナルはアイコスは有害物質を90~95%削減したと報告していたため、この研究結果は驚きをもって受け入れられた。

 実は米国では加熱式タバコはまだ販売許可が下りていない。FDA(米国食品医薬品局。医薬品や食品の販売許可や違反品の取締りなどを行う米国の国の機関)の諮問委員会は、2018年1月に、加熱式タバコが紙巻タバコよりも害が少ないというエビデンスは不十分だと結論付け、「紙巻タバコよりも害が少ない」と宣伝することを禁止すべきだと助言したのだ。

 加熱式タバコの副流煙は見えないし分かりにくいため、妊婦や子どもが知らないうちに受動喫煙してしまっているという可能性もある。筆者は、米国と同じように、加熱式タバコの受動喫煙の害が少ないということが明らかになるまでは、受動喫煙防止条例においては加熱式タバコを紙巻タバコと同様に扱うべきだと考えている。

 筆者はいわゆる「嫌煙家」ではないため、喫煙者が他人に迷惑をかけない形でタバコを吸うという行為は認められるべきだと考えている(もちろん喫煙者たちの健康のことは心配ではあるが)。つまり、受動喫煙は「他者危害(他人に危害を加える行為)」の問題なので、きちんと規制されるべきである一方で、喫煙室で喫煙する権利は守られるべきだという意見には一理ある。もちろん、喫煙者が健康のことを考えて禁煙したいと思ったら、(禁煙外来の費用を補助する等)それを支援する仕組みが十分であることが前提条件ではあるが。

 筆者はタバコの煙(もしくはエアロゾル)から本当に有害物質を取り除くことができれば素晴らしいことだとも思っている。ニコチンだけ残して、その他の有害物質を除くことができたら、タバコ会社は売り上げを維持できるし、喫煙や受動喫煙によって健康を害する人もいなくなる。いずれにしても、目標は「タバコを無くすこと」ではなく、「タバコで健康を害して悲しむ人を一人でも少なくすること」なのだから。

 

【エビデンスに基づいた「新常識」】
加熱式タバコも有害物質を含み、
「普通のタバコよりも害が少ない」とは言えない

(「小説すばる」2018年9月号より転載)

 

『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』((中室牧子氏との共著))

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あなたを病気にする「常識」

テレビ、本、ネット……健康についての情報に触れない日はない。 だが、あなたが接している健康の「常識」は、本当に正しいものなのだろうか? 確かな科学的根拠に基づいて、誤った常識を塗り替える医療エッセイ。

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プロフィール

津川友介

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)助教授。

東北大学医学部卒、ハーバード大学で修士号(MPH)・博士号(PhD)を取得。
聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード大学勤務を経て、2017年から現職。
著書に『週刊ダイヤモンド』2017年「ベスト経済書」第1位に選ばれた『「原因と結果」の経済学』(中室牧子氏と共著、ダイヤモンド社)、『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)がある。
ブログ「医療政策学×医療経済学

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