他者の形容を許さない「これが自分だ」
競技を終え、勝者となったパラリンピアンたちにマイクを向けると「支えてくれた人に感謝します」という言葉が返ってくるかと思っていた。見事に裏切られた。ミックスゾーンで話を聞いたアスリートたちはまず「やったぜ!」と喜びを惜しみなく爆発させる。そして障がいの種類も競技も全て異なる人々が、そこまでオープンに話すのか、と驚くほどに異口同音にとうとうと自分のバックグラウンドやプライベートを語り出すのだ。障がいを持つに至った経緯、何が好きで何が嫌いなのか。自分の趣味や夢に至るまで。一切の忖度が無く、それぞれに輝く強烈な個がそこにはあった。
これはグレイトでもアメージングでもないと思った。他者が形容するものではない。
泉は再度、番組のタイトルを提案した。誇りを持ってありのままをさらけ出して、『これが自分だ』と言い切る強さ、テーマが自分自身に突き詰められるということも含めて『WHO I AM』。
太田は即座に賛成し、採用した。
(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM
ナショナリズムで求心力を得ようとする「がんばれ!日本代表」番組でもメダルの数に執着する「絶対に負けられない」応援キャンペーンでもない。ボスニアのシッティングバレーのサフェット・アルバシッチから、イランのアーチェリー選手ザーラ・ネマティに至るまで登場するパラアスリートたちの国籍もばらばら。その多様性はそれだけで2020年に向けて目指すべき方向を自然にメッセージとして示しているように感じられる。
あくまでもアスリート自身のマインドと身体性にスポットを当てる番組がここに誕生した。
(C)2016-2020 WOWOW INC.
内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。