対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【前編】

内田樹×姜尚中

新型コロナ禍で日韓は連携できない

 実際のところ、韓国では日韓関係より、保守派と民主派が対立する韓国国内の「南南葛藤」の方が深刻なんです。

2020年4月の韓国での総選挙では、2004年以来16年ぶりに民主派が保守派を凌駕して過半数を獲得しましたが、その流れの中で植民地時代に日本に協力した「親日」の問題も取り上げていかざるを得なくなり、「親日派の追放」イコール「反日」という図式が日本国内で出来上がってしまいました。

その結果、与党の文在寅(ムンジェイン)政権は「反日」を売り物にする勢力だというイメージが固まってしまったように思います。

内田 そのあたりのことは、姜さんの『朝鮮半島と日本の未来』でも丁寧に説明されていますよね。非常に平明で広々した、風通しが良い本で、読んでいると目の前の曇りが(はら)われるような気分になりました(本を見せながら)。

 ありがとうございます。()(せん)()()がすごいですね!

内田 今回の本もそうですが、姜さんの本は全体の流れが広々と理解できる一望感があって、しかも、とてもわかりやすい。

その最大の理由は、姜さんが日本の国益も韓国の国益も北朝鮮の国益も代表しない、ニュートラルな視点から書かれているからだと思います。いくらわかりやすい論でも、一方的な党派的視点で書かれているものを読むと、書かれている事実を信じてもいいのかという心理的抵抗が働きます。でも、姜さんが書かれる本にはそういうイガイガした感じがまったくしない。クリアなんです。

立ち位置がニュートラルなのは、姜さんご自身がどこにも属していない人だからですよね。日本にも南北朝鮮にも、どこにも国民国家的アイデンティティを持つことができなかった。それはある種の「スティグマ(聖痕)」なわけですけれども、姜さんはむしろそれを逆手にとって「どこにも帰属しない、どの立場にも偏しない」という視点から日本列島と朝鮮半島の問題を語れる特権的、例外的な立場を獲得されたのだと思いました。

 内田さんにそこまで持ち上げていただいて、面映(おもはゆ)いですね(笑)。

先ほど内田さんがおっしゃったように、今の日韓関係はデッドロックに陥ってしまっていますが、本来なら未曾有(みぞう)の危機をもたらしている今回のパンデミックに際して互いに協力し合うことは、両国の国益にもかなうはずです。

内田さんは、その可能性についてはどう思いますか?

内田 おそらく韓国からは色々な形で医療支援のオファーが来ていると思いますが、今の安倍政権はそれを拒絶しているのではないかと思います。安倍政権の支持率は下がっていますが(安倍首相は8月28日退陣を表明)、支持率が下がった政治家は、必ずナショナリズムを煽り、排外主義的な気分を醸成することによって政治的な浮揚力を担保しようとする。これは世界中の「落ち目の政治家」がみんなやる下策中の下策ですけれども、安倍政権にはもうこの下策以外に採択できる外交政策がない。当面の「仮想敵」は韓国ですから、日本政府の側からは日韓の連携を目指すような働きかけはまったく期待できないと思います。

思想家・内田樹氏(撮影:三好妙心)

 うーん、そうですか……。

現状では新型コロナウィルス感染症をめぐる日韓の状況には大きな差がついてしまっています。この対談をしている8月1日時点で、日本の新規感染者数は1日1,500名程度であるのに対し、韓国は7月31日現在で新規感染者数が36名、その内、国外からの帰国者が22名なので、韓国国内では事実上14名になるんです。どうしてこんなに差が出てしまったのかということについては、内田さんはどうお考えですか?

内田 まず、日韓の新型コロナウィルス感染症対策の成否について語ることがタブーになっている感じがします。みんな、その話を嫌がるんですよ。

 嫌がりますね。

内田 台湾と韓国は新型コロナウィルス感染症の抑制に圧倒的に成功しています。

欧米とアジアでウィルスの型が違うという説もありますが、韓国、台湾の場合は同じ東アジアで、地理的な条件が同じです。にもかかわらず、これだけ差が出ているとなれば、当然、それは日本の感染症対策が失敗しているということを意味する。

でも、そのことを、科学的根拠に基づいて議論するという気運がない。韓国や台湾のモデルを学んで、どこをどう採り入れて、日本のシステムのどこを修正したら良いのかという議論はきわめて建設的なものだと思うのですけれど、「韓国、台湾の成功例を学ぶ」という言い方をするだけで、多くの人が興奮し始める。リアルでクールな議論ができない環境だということがこのコロナ騒ぎで骨身に沁みました。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

 
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