対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【中編】

内田樹×姜尚中

ドラマが暗示する南北統一の未来図

内田 たとえば、これまで韓国映画で描かれてきた北朝鮮の人って、スパイとかテロリストとか政治家とか、かなり尖ったキャラクターばかりだったじゃないですか。ところが、『愛の不時着』に出てくる北朝鮮の人たちは全然尖ってない。市井のふつうの人たちなんです。特にリ・ジョンヒョクの部下の4人の兵隊さんと、村の女たちが、本当にゆるい感じで描かれてましたよね。

あのドラマは全16話ありましたけど、最初の方では北朝鮮の人たちがかなり定型的に描かれています。権威主義的で、教条主義的で、威圧的で、卑屈で……いかにも「北朝鮮人」という描写から始まるんだけれど、回を重ねるごとに少しずつその定型が外れて、ひとりひとりの個性が際立ってくる。そうすると、「なんだ北朝鮮の人たちにも個性の違いがあるんだ」という当たり前のことに気がつく。ひとりひとり人間的な手触りが違うんだということがわかる。そうやって個性が際立ってくると、最終的にはあの人たちがみんなラブリーに見えてくるんですよね(笑)。

思想家・内田樹氏(撮影:三好妙心)

『愛の不時着』は北朝鮮の人たちを「愛すべき人々」として描いた最初のドラマだと思うんです。でも、最初からそれを打ち出していたら、おそらく韓国の視聴者から反発を買っただろうと思います。「なんだこれは! 北のプロパガンダか!」って。

 カンカンになるでしょうね。

内田 でも、16話という長い時間を共にしていると、なんかだんだん「他人とは思えなくなってくる」んですよね。最初は嫌なやつだなと思っていたドラマの登場人物たちに対してなんとなく情が移ってくる(笑)。

でも、それができるのは、これが連続ドラマだからですよね。映画だと上映時間がせいぜい2時間ちょっとでしょう。映画だと、あれほど大勢のキャラクターを出してきて、ひとりひとりの人物像を描くことは時間的に無理なんです。

連続ドラマだと、話があまり前に進まない「ダレ場」というのがありますよね。映画では許されないんだけれど、連続ドラマだとむしろ「ダレ場」で登場人物の個性を示すエピソードが語られる。だから、話はもたついているんだけれど、そのおかげでキャラクターに「情が移る」ということが起きる。あの持って行き方に僕はちょっと感心しました。

 シニカルな人は「自主洗脳」、つまり自ら進んで洗脳を受けているんだと言うかもしれませんけど(笑)。

でも、たとえば湾岸戦争のときのアメリカ人がイラクの人たちへどう対したか、あるいはパレスチナとイスラエルの問題を考えてみても、やっぱり相手を血の通った人間として見ていないわけですよね。

さっき「定型」とおっしゃったけれども、結局、人間が集合名詞の中にぶち込まれるときに行き着く先は戦争なんです。

『街場の日韓論』の中で、内田さんは「2人の朴先生」という固有名詞との出会いを縷々(るる)述べられていますが、そうした固有名詞同士の関係から、「韓国人」「日本人」という集合名詞とはもっと違うレベルの人間的なコンタクトが生まれていく。

日本から一番近い国のひとつである北朝鮮に対して、どうしてそういうことができなかったんだろうと思います。

北朝鮮を「許せない」「敵だ」という人がいるのもわかります。北朝鮮という国は社会主義と言いながらも実質は三代にわたる世襲カリスマの「王朝」で、しかも上から下まで抑圧という言葉では足りないくらいの無残な体制を敷いているわけです。

ただ、僕はやっぱり「なぜ北朝鮮にこういう体制が出来上がったのか」という内側の部分から、あの国を考えていく必要があるんじゃないかと思うんですね。人間が作ったものである限りは、人間が理解できる可能性は開かれているわけですから。

内田 『愛の不時着』では、南北の体制は少しも変わらないし、国交が進展するということもない、外形的には何も変わらない。けれども、人間と人間の心のつながりができた。そういうストーリーですよね。でも、あれはやはり、南北統一に向けての「心理的な地ならし」という意図もあったのではないかと僕は思います。は

 『愛の不時着』のラストはスイスで、主人公ふたりの出逢いもスイスで始まっていました。

つまり、韓国も北朝鮮も社会構造やレジームとしてはダメだから、結局、彼らは第三国で結ばれるということですが、これ、南北両国の行き着くべき先は、スイスのような「永世中立」にこそある、という暗示なんじゃないかと僕は思うんです。

内田 なるほど、姜さんはそういうメッセージを読み取ったんだ。

 ええ。『朝鮮半島と日本の未来』を書いたのはまだ『愛の不時着』を観る前でしたが、実は、朝鮮半島永世中立論についても触れたかったんです。今の状況では時代錯誤と言われるのが関の山だと思って、やめましたけれども。

ドラマがそこまで考えて作られたかどうかわかりませんが、朝鮮半島は永世中立という道に進むしか展望はないんじゃないかと僕は考えています。

内田 確かに、朝鮮半島の地政学的ポジションはロシア、中国、アメリカに挟まれているわけですからね。永世中立は十分あり得るオプションですね。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

 
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