対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【中編】

内田樹×姜尚中

膠着する日朝関係を打開する道筋は

 コロナ禍はどうやら北朝鮮にまで及んでいるようですが、防疫の資源をふんだんに持っている中国が公衆衛生面で北朝鮮にテコ入れしてくる可能性は十分にあります。

僕が今一番恐れているのは、その結果、北朝鮮が完全に中国の傘下に入るということで、北朝鮮に中国のミサイル基地が置かれたら大変なことになるでしょう。

日本海を航行するアメリカの原子力艦などはすべてその射程に入りますし、日本にとっても大ピンチで、いわば「逆キューバ危機」が起こりかねません。

そうした事態を招かないためにも、なぜアメリカは北朝鮮に対する制裁を早く解かないのか、と思うんですが、専門家は誰もそれに言及しないですよね。

政治学者・姜尚中氏(撮影:三好妙心)

内田 うーん、そうですね。

 中国としては、アメリカの軍事的脅威にどう対抗するかということを考えたとき、本当は北朝鮮に基地を置きたいんじゃないかと思います。韓国には米軍基地があるわけですしね。

でも、そのカードをこれまで出せなかったということは、やはり我々が思っている以上に、北朝鮮と中国との関係は微妙だということでしょう。

実際のところ、北朝鮮はどんなに困っても、中国に「軍事基地を置いてください」とは一度も言っていないんです。

裏を返せば、北朝鮮には中国に対する根本的な猜疑心があるんですね。だから、どんなに経済的に中国に依存しても、最後の軍のヘゲモニー(覇権)だけは奪われたくないと思っている。

北朝鮮が本当に中国におんぶに抱っこの関係ならば、当然、中朝の間に日米安保と同じような同盟関係があっていいはずです。それがないということの意味をしっかり理解していれば、北朝鮮をあまり追い込まない方が得策だということになるんじゃないでしょうか。

つまり、北朝鮮が今のまま、中国ともアメリカとも化かし合いをやりながら、「どっちにも付きませんよ」というようなスタンスでいてもらった方が、日本にとってもアメリカにとっても韓国にとっても、安全保障上は有利なんじゃないかと思うんですね。

でも、日本の対北朝鮮に対する戦略を見ている限り、一貫性がまったくありません。「毅然と対応する」とか、拉致問題で「こんな国は叩き潰してしまえ」とか、そういう勇ましいことを言いながら、今は「無条件に対話をする」と方針を急転換していますよね。

内田 『朝鮮半島と日本の未来』の中で、僕が非常に印象に残っているところは、1994年に金日成(キムイルソン)()(が死んだ後、韓国政府も、アメリカ政府も、日本政府も、「北朝鮮はもうすぐ内部崩壊する」という予測を立てて、今なら北朝鮮はいくら強気に押していっても、こちらに譲歩するだろうと考えて、外交的圧力をかけていったんだけれど、それが決定的な失敗だったというところです。それを読んで僕は目から鱗が落ちた気がしました。

つまり、あの時に、日米韓は「北の切れるカードは屈服しかない」というところまで追い込むことが外交的な成功だと考えていた。でも、北朝鮮は屈服というカードを切らずに、核開発というカードを切って、外交交渉をデッドロックに陥らせてしまった。相手を追い込んでしまうと、思いがけないカードを切ってくるリスクがあるということですよね。それならむしろ、交渉相手に「切れるカード」をできるだけ多く持たせて、こちらも「切れるカード」をたくさん手元に持っていると、「組み合わせ」が増える。そうすると、意外な「落としどころ」が見つかるかもしれない。

 その通りです。

内田 北朝鮮に対する制裁を解除した方がいいというのはどういうロジックに基づいているのか、実は僕はよく理解していなかったのです。飢餓や病気で苦しむ北朝鮮の人民に対する人道的な配慮なのかなと思っていた。でも、それだけじゃないんですね。北朝鮮の手持ちのカードを増やした方が、和解するにしても、妥協するにしても、思いがけないソリューションが出てくるかもしれない。そう知って、腑に落ちました。

北の体制の安定を担保し、国内の飢餓問題とか公衆衛生上の問題を解決して、ある程度余力を回復してきたところで、やっと交渉のテーブルに着くことができる。迂遠かもしれないけれども、確かにそれしか外交的な成功はあり得ないんじゃないかと思うようになりました。

 まったく同感です。(キム)()(ジュン)元大統領の太陽政策は、内田さんが見事に整理してくれた通りのことをやったわけで、こちら側もたくさんオプションがあり、北朝鮮の側にも色々な選択肢があるということを提示しながら、両方共負荷がかからない形で落とし所を見つけようとしていました。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

 
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