モノが飽和した時代に、人々はストーリーや意味を求める
山口 先の質問に戻りますが、可士和さんのようなクリエイターにとって、そのコンセプトメーキングを方法論化することはできるのでしょうか。
佐藤 言語化、マニュアル化できるかという点では疑問符が付きますが、コンセプトメーキングを磨く方法はあると思います。僕の場合は、時代を代表する優れたクリエイターの仕事を身近で見ることでした。博報堂時代に、大貫卓也さんのような先輩と仕事をさせていただき、そこから学んでいけたことは大きかったと思います。
山口 そこは属人的な要素になりますね。
佐藤 たとえばウィスキーのキャンペーンを手がけた時に、大貫さんとチームを組ませていただいたのですが、CMのアイデアやビジュアル案を100案ぐらい考えて、どさっと持っていっても、大貫さんは全然見てくれませんでした(笑)。その代わり、「何で今はみんな、ウィスキーを飲まないのかな。どう思う?」という疑問から入って、そこから「お酒って何だろう?」「ビールじゃなくて、ウィスキーである意味は何だろう?」と、「そもそも」のディスカッションを重ねていく。前提とする議論に、長い時間をかけていました。
山口 そのご経験は、慶應SFCの「未踏領域のデザイン戦略」の授業に反映されていますね。
佐藤 そうなんです。「課題」や「コンセプト」以前の段階で、自分たちが対象としているものの構造について、深く理解することが、いかに大切か、学生にはぜひ分かってもらいたいので。
山口 若い時の可士和さんは、大貫さんのような先輩と接する機会があったわけですが、そういう超一流の人と一緒になる機会を持たずとも、みずからいいコンセプトを出せるようになる方法はあるのでしょうか。
佐藤 そこは自分で体感しないことには、身には付かないだろうな、と思っています。その過程の一つとして、一流の人と一緒に仕事をする機会もあるわけですが、その前の段階、つまり学生時代に、コンセプトメーキングに取り組んだ経験があると、そこが大きなベースになります。慶應SFCの授業では、その点を熟慮して、ワークショップ形式にしたわけです。
山口 テーマも「平和」「幸福」と抽象的ですよね。
佐藤 山口さんは学生時代に哲学を専攻されているので、僕以上にお分かりだと思いますが、若い時に抽象的な思考に取り組む機会を持てることは、ある種の特権だと思うんです。社会に出れば、与えられる課題はいやおうなく具体的、現実的になっていきます。現実的になると、目の前にあるものしか対象にならなくなる。抽象的なことを論じる余裕もなくなってしまいます。
山口 対して、高次元で抽象的な思考こそは、現代の経営者に最も求められていることだと思います。物理的なモノが飽和した時代に、人々が求めるのは、ストーリーや意味ですから。たとえばiPhoneが発売された時、日本のメーカーは「あんなのは技術的に簡単だ」といいました。実際に部品の半分以上が日本製でしたから、日本のメーカーがiPhoneをつくってヒットさせてもよかった。
佐藤 しかし、残念なことに、そういったイノベーションを起こせなかったですね。
山口 iPhoneはスティーブ・ジョブズという人物が、そこに物語を描いたからこそ、世界中で売れたわけです。
プロフィール
佐藤可士和(さとう・かしわ)
クリエイティブディレクター。「SAMURAI」代表。1965年東京都生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後、博報堂を経て2000年に独立。慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授。多摩美術大学客員教授。ベストセラー『佐藤可士和の超整理術』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。2019年4月に集英社新書より、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(慶應SFC)における人気授業をまとめた『世界が変わる「視点」の見つけ方 未踏領域のデザイン戦略』を上梓。
山口周(やまぐち・しゅう)
戦略コンサルタント。専門はイノベーション、組織開発、人材/リーダーシップ育成。1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループ、コーンフェリーなどを経て、現在はフリーランス。著書に『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『世界の「エリート」はなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『劣化するオッサン社会の処方箋』『仕事選びのアートとサイエンス 不確実な時代の天職探し』(以上、光文社新書)など。