湯浅 なるほど。ミクロでもマクロでもなくメゾに設定して、何がわかりましたか?
坂爪 個人の家庭環境だけではなく、その地域における行政間の格差というか、子育て支援が進んでいる町に住んでいるかどうかで、暮らしや働き方が大きく変わることがわかりました。
たとえばS市の隣の人口1万人程度の町は、企業誘致や発電所のおかげで税収が多く、子育て支援が充実している。その町で子どもを育てながらS市のデリヘルに車で出勤して、終わったら帰るという生活をしているシングルマザーも多くいることがわかりました。
湯浅 子育て支援が充実しているけれど、その町では生活ができないんですか? S市に住んでいる人と隣町の人は、どんな違いがあるんですか?
坂爪 おそらく地元では働きにくいんじゃないでしょうか。地元以外の場所で働きたいというニーズがあり、別の町からS市に来て働いている人もいます。
湯浅 そういう人は子どもを連れて来て、託児所に預けるんですか?
坂爪 託児所がある店もありますが、保育園に預けながら働く人も多いです。地元の保育園に朝8時に子どもを預けて、S市のデリヘル事務所に車で出勤する。10時から15時まで働いて、1日2~3万円稼ぐ。終わったら、保育園に子どもを迎えに行って、帰宅する。こうした流れだけを見ると、一般の子育て世帯と何ら変わらない。そのため、昼間風俗で働いている人の存在は非常に見えづらいと思います。
湯浅 それでは保育園も、お母さんの仕事がわかりませんね。S市の風俗店には、託児所があるんですか?
坂爪 風テラスと連携しているデリヘルグループには託児所があるので、そこに子どもを預けて働いている人もいました。
湯浅 今回取材した年齢層は、おいくつぐらいの人が多いんですか?
坂爪 自分が取材した女性は20代から40代までです。18~19歳から働いているという人も多かった。若くして子どもを産んだけど他の働き口がないから、子どもを託児所に預けて働く人もいます。地域の中での子育て支援が少ない現状を、風俗がカバーしている部分はありますね。
湯浅 S市の隣町は子育て支援が充実してるのに、それでも足りないわけですか?
坂爪 町に仕事がないからです。
湯浅 そうすると最終的には、雇用の問題になりますね。
坂爪 そうですね。S市の最低賃金は800円台なので、パートやアルバイトの仕事だけで子どもを育てるのは大変です。高単価な仕事というと、どうしても水商売や風俗にならざるをえない。
湯浅 なるほど。「子育て支援が充実してる町でさえ」という話になっちゃいますね。
坂爪 湯浅さんもご存じかと思いますが、兵庫県明石市は子育て支援が非常に充実していると聞きます。一方で、明石市に住んで行政の様々な子育て支援を受けながら、神戸や大阪の風俗店に出稼ぎして生活を成り立たせているシングルマザーは結構いるのでは、と思います。
湯浅 そうなんですね。シングルマザーの移住支援をしている島根県浜田市は、うまくいっている面もあればいまくいっていない面もあると、聞いたことがあります。
坂爪 先日、認定NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ代表の赤石千衣子さんのお話を伺ったのですが、「シングルマザーと子どもを、これまでの地域の関係性から切り離して全く見知らぬ町に移住させることは難しい」とおっしゃっていました。
湯浅 ただ島根県自体は19市町村中10市町村で、子どもが増えています。もちろんシングルマザー世帯だけではないと思いますが、地元の受け入れる雰囲気が、以前とは少し変わってきているという話もあります。
「過疎」という言葉は島根から生まれたように、島根は過疎先進地なんです。それはこの10年や20年の話ではないので、地域の中心が80代や90代になってしまって地域の主要ポストが空き始めている。前は「移住して欲しい。でも面倒な人には来てほしくない」といった、本音と建前が違うところがありました。しかしそこも変わってきていると聞きます。見て来ないと、と思っている段階なので断定はできませんが……。
プロフィール
坂爪真吾(さかつめ・しんご)
1981年、新潟市生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部卒。新しい「性の公共」をつくる、という理念の下、重度身体障害者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」などで現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。著書に『はじめての不倫学』『性風俗のいびつな現場』『セックスと障害者』『セックスと超高齢社会』『「身体を売る彼女たち」の事情』など。最新刊は『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』。
湯浅誠(ゆあさ・まこと)
1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間、内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに日本社会における民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著)、『「なんとかする」子どもの貧困』、『反貧困』(第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。