鼎談

日本の安全保障における「盲点」とは何か?

PKO法成立から30年の節目に考える
布施祐仁×伊勢﨑賢治×渡邊隆

カンボジアでは「捨て身」の武器使用も検討されていた

布施 武器使用の問題も、PKOの大きな論点の一つです。カンボジアPKOの当時も、国連が認める武器使用には、いわゆる自衛目的だけではなく、「任務遂行のための武器使用」も含まれていたわけですよね?

しかし日本の場合は、「任務遂行のための武器使用」は憲法9条が禁じる武力行使に当たる可能性があるということで、純粋に自衛のための武器使用に限定していた。このギャップは、当時から自衛隊では問題として認識されていたのでしょうか?

渡邊 そうですね。自衛隊は基本的に、武器の使用が「正当防衛・緊急避難」の目的以外では認められない。しかも「自己または自己の同僚隊員の防衛」の場合に限ります。

これを厳格に定義すると、自分または日本の派遣隊員しか守れないことになる。派遣先の国民も守れないし、他国のPKO隊員も守れないわけです。だから「それはやっぱりおかしい」という話の中で、運用ではだいぶ改善されてきました。

任務遂行のための武器使用というのは、「実力を持って任務を妨害しようとする相手に対する、危害を与えない範囲での武器使用」ということです。これが法的にできるようになったわけで、今は、少しずつ状況が改善されてきています。

第一次カンボジア派遣施設大隊長・渡邊隆氏(写真/本人提供)

しかしカンボジア派遣の当時はそういうことが認められておりませんでした。国連のROE(武器使用規定)には「任務遂行のための武器使用ができる」と書いてある。「でも、我々はできない」という話です。

国連はROEのカードをつくって配っており、うちの部隊にも届きましたが、私は隊員にあえて配りませんでした。「武器使用については、国連ではなく私が言うことを守りなさい」と伝えました。

伊勢﨑 あぁ~、なるほど。僕も自衛隊関係者からそれを聞いた時に、なぜ?と思ったのですが、そういうことだったんですね。

「文民保護」がマンデートとして常態化した今は、受け入れ国に見せられない内容がROEに書かれる場合があります。一般市民への脅威は反政府勢力だけではなく、その国の国軍と警察が手を下すケースが多々ありますので。いずれにしろ、隊員には一層共有しにくいものになっているのでしょうね。

布施 選挙期間中、二次隊が国連の選挙監視要員を守るために「情報収集」という名目で投票所の巡回(パトロール)をやることになりました。しかし、武器使用は自己防衛に限られているので、選挙監視要員を守るために武器は使えない。だから、もしポル・ポト派の襲撃があったら、あえて自分たちが攻撃を受けることで武器を使っても正当防衛が成立する状況をつくろうとしていたんですよね。

渡邊 そうですね。カンボジアの二次隊が派遣されたのはちょうど選挙期間で、日本から40名の文民の選挙監視員が新たに現地に行って選挙監視をする、という事態になって。

文民警察官の(たか)()()晴行(はるゆき)警部補(殉職後、二階級特進で警視)や、選挙監視ボランティアの(なか)()厚仁(あつひと)さんが殺害されるという痛ましい事件もあったので、日本国内は騒然となっていたと思います。

それで出した結論は、「日本から行く40名の選挙監視員を、すべてカンボジアの自衛隊の基地に入れてもらい、移動や、水や食事の供給などを自衛隊にお願いする」というものでした。

そういう形で、自衛隊は水を届けに行く、あるいは道路を調べに行くという過程の中で、彼ら選挙監視員が危なくなった時には、「駆け付け警護」ではなく、「偶然そこにいたんだ」という状況のもとに彼らを結果的に守る、というオプションを選択したのです。

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プロフィール

布施祐仁

1976年、東京都生まれ。ジャーナリスト。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)で石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』(岩波書店)、『経済的徴兵制』(集英社新書)、共著に伊勢﨑賢治氏との『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社クリエイティブ)等多数。

伊勢﨑賢治

1957年、東京都生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。インド留学中、スラム住民の居住権運動にかかわり、国際NGOでアフリカの開発援助に従事。2000年より国連PKO幹部として、東ティモールで暫定行政府県知事、2001年よりシエラレオネで国連派遣団の武装解除部長を歴任。2003年からは、日本政府特別顧問としてアフガニスタンの武装解除を担う。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、共著に『新・日米安保論』(集英社新書)、『主権なき平和国家』(集英社クリエイティブ)など多数。

渡邊隆

1954 年生まれ。国際地政学研究所(IGIJ)副理事。元陸将。1977年に防衛大学校(機械工学)卒業の後、米国陸軍大学国際協力課程へ留学。その後、陸上自衛隊幕僚監部装備計画課長、第一次カンボジア派遣施設大隊長、陸上自衛隊幹部候補生学校長、第一師団長、統合幕僚学校長、東北方面総監などを歴任。

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