鼎談

日本の安全保障における「盲点」とは何か?

PKO法成立から30年の節目に考える
布施祐仁×伊勢﨑賢治×渡邊隆

原発の防衛が全くできていないのは日本だけ

――ロシアのウクライナ侵攻により、国際情勢も大きく変わってきましたね。

渡邊 そうですね。象徴的だったのは日本海で日米の戦闘機同士が訓練を実施したことです。これまで日本海で共同訓練はほとんどしていなかった。お互い活動はしていますが(中国・ロシアを)「刺激しないように」ということで日本海での共同訓練はほとんどしていなかったんです。

これを今回やったというので「ああ、そういう時代になったんだ」と思ってしまいますね。

伊勢﨑 「刺激するコスト」をこれからは意識しなきゃいけないと思います。日本に深刻な電力危機を引き起こしかねない共同事業「サハリン2」へのロシアの対応の変化のように、「刺激する」ことで何を失うのか。

ウクライナ戦争は、防衛に対する日本人の意識、特に中露という仮想敵国への意識を激変させているわけですが、国家の存続に関わる重大問題が「灯台下暗し」的に見落とされています。原発施設の防衛です。これが全くできていない。日本だけです。

渡邊 そうですねぇ。私は3・11の前、師団長であった時に「原発をどうやって守るか」ということを色々な関係先と現地で調整したいと申し入れをしたことがありますが、当時は一切受け付けてもらえませんでした。

でも今は話を聞いてもらえますし、警察との共同訓練みたいな話にもなっています。災害対応が、まず第一ですけどね。

伊勢﨑 今言われたように、3・11の福島第一原発事故は、国際社会に明示的な教訓を与えました。災害対応のSafetyではなく、「狙われる」ことを想定するSecurityです。

少なくともアメリカとNATO諸国はそう考え対策を強化しています。つまり、想定しうる攻撃は、旅客機を乗っ取って突っ込んでくるみたいな大掛かりなものでなく、時間をかけて従業員として施設内に分子を送り込み、内側の手引きで占拠して「電源喪失」させる。これだけ。

一つ一つが複雑な構造の商業原発を、国家の安全保障の問題として国がどう統制するかは、どの国でも問題で、警備会社が高度に武装できる欧米諸国ではこれがやり易い。国は、抜き打ちの攻撃演習で“監査”をやればいいのですから。

日本は、この点でも決定的なハンデがあります。日本の警察の中央に機動部隊をつくって駆けつければいいというのではダメなのです。エンベッド、各施設に“埋め込まなければ”ダメなのです。

()(とう)祐靖(すけやす)さんは僕の友人です。元海上自衛官で、自衛隊初の特殊部隊をつくった功労者の彼ですが、日本の原発の占拠は10人くらいの軽武装グループでできると言う僕に、いや、非武装の5人でできる、と言っていました。

渡邊 周辺事態安全確保法が1999年に成立して、政治経済の重要施設も自衛隊が守るべき施設になりました。米軍基地も守るし、政経中枢も守るんですが、そこに原発を入れるかどうか、担当レベルではすっごく悩んだんですよ。

今はたぶん入っているでしょうが、当時、原発は外れていましたね。「守るべき勢力」の問題もあったとは思いますけど。

ただ、これはあくまでも自衛隊の内部だけの話なので。そのような計画や実際の行動が日の目を見たり、問題として意識されたりするということを私は聞かないですね。

――稼働している原発を停止し、燃料棒を抜いてしまえばメルトダウンはしませんけどね。

伊勢﨑 今回ウクライナ戦争で、チョルノービリ原発もザポリージャ原発も攻撃されたし。通常の陸戦が、原発付近で行われたのはたぶん……。

渡邊 初めてのケースでしょう。

伊勢﨑 ですよね。ジュネーブ諸条約(1949年第一追加議定書56条)は「原発への攻撃」を禁止していますが、誰も原発は傷つけたいとは思わないはずですよね。でも実際に原発の敷地内で交戦が起きてしまった。

もっとも、同条約が原発への攻撃を禁止するのは、文民への重大な被害を防ぐためです。敵国の原発が敵国の軍事行動に直接的に電力を供給し、それへの攻撃が敵国の軍事行動を阻止する唯一の統制された手段である場合は、その禁止は消滅します。ただし、文民に被害を及ぼす放射能等の放出を予防する措置がとれる時のみ、という但し書き付きですが。

渡邊 そうですね。ロシア軍は原発敷地内に陣地を作ろうとして被ばくをしていますね。

――そういうふうに、被ばくすることも恐れず攻撃してくる相手から原発をどう守るのか、守れるのか、というのも大きな課題ですね。

布施 福島第一原発事故の前は、原発を推進するという国策の下、原発事故のリスクは隠されてきました。原発は二重三重の防護措置がとられているから放射能が大量に漏れるような事故は起きないという「安全神話」です。

だから、事故にしても、テロや武力攻撃にしても、「原発は危険だ」と国民に思わせるような対策は十分に行われてきませんでした。これは、自衛隊の海外派遣とも通じる話だと思います。

 

※本記事は2022年8月10日(水)に週プレNEWSで公開された記事「日本の安全保障における『盲点』とは何か? PKO法成立から30年の節目に考える。 伊勢﨑賢治氏×布施祐仁氏×渡邊隆氏鼎談」の内容に加筆・修正を加えたものです。

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プロフィール

布施祐仁

1976年、東京都生まれ。ジャーナリスト。『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞、日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞。三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)で石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。著書に『日米密約 裁かれない米兵犯罪』(岩波書店)、『経済的徴兵制』(集英社新書)、共著に伊勢﨑賢治氏との『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』(集英社クリエイティブ)等多数。

伊勢﨑賢治

1957年、東京都生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。インド留学中、スラム住民の居住権運動にかかわり、国際NGOでアフリカの開発援助に従事。2000年より国連PKO幹部として、東ティモールで暫定行政府県知事、2001年よりシエラレオネで国連派遣団の武装解除部長を歴任。2003年からは、日本政府特別顧問としてアフガニスタンの武装解除を担う。著書に『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、共著に『新・日米安保論』(集英社新書)、『主権なき平和国家』(集英社クリエイティブ)など多数。

渡邊隆

1954 年生まれ。国際地政学研究所(IGIJ)副理事。元陸将。1977年に防衛大学校(機械工学)卒業の後、米国陸軍大学国際協力課程へ留学。その後、陸上自衛隊幕僚監部装備計画課長、第一次カンボジア派遣施設大隊長、陸上自衛隊幹部候補生学校長、第一師団長、統合幕僚学校長、東北方面総監などを歴任。

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