本書『新しい哲学の教科書 現代実在論入門』が教えてくれる現代実在論は、人類学、社会学、心理学、建築学、フェミニズム、文学の領域とも連動しており広範囲に影響を与えているという哲学の新しい潮流だ。欧米を中心にさまざまな論者がおり、2018年に来日し、テレビ番組に出演するなどしてブームを巻き起こしたマルクス・ガブリエルもその一人。実際、どのくらいのインパクトなのか? 著者・岩内章太郎氏は次のように語る。
「29歳の若さでドイツ・ボン大学教授に就任したマルクス・ガブリエルは、ドイツ観念論の研究で既に秀才の誉れ高く、著書『なぜ世界は存在しないのか』(邦訳・講談社選書メチエ)も何カ国語にも翻訳されベストセラーになっています。
ガブリエルのインパクトは、社会に対する影響力という点では、第2次世界大戦後の実存主義運動を牽引したジャン=ポール・サルトルには及ばないかもしれませんが、哲学史的には、20世紀後半のポストモダン思想をリードしたミシェル・フーコーやジャック・デリダと並ぶインパクトだと、私は考えています。1980年生まれのガブリエルはまだ若いので、今後さらなる活躍が期待されています」
フーコーやデリダに並ぶとすれば、哲学史の一ページにその名が刻まれることは間違いない。今や大注目の現代実在論だが、その特徴を一言で言うなら、「ポストヒューマニティーズ」の哲学だという。そもそも「ポストヒューマニティーズとは何なのか?
「大きく言えば『人間以後』の世界を考えるということですが、人間が消滅した後の世界だけではなく、人間が関与できない世界のことでもあります」
なんだかSF的なイメージが湧いてくる。
「人間以後の世界といっても、遠い未来や宇宙の果てのことだけではありません。例えば、私の座っている椅子の存在は、私(=人間)にとっては意味があるけれども、猫にとってはそうではないと考えるのが従来のヒューマニティーズ(人間に関係した学問・人文学)でした。
これに対して、猫も、それを椅子とは認識していなくても、それをよけたり、上に乗ったりするわけですから、猫にとってもそこに何かが実在することは間違いない。このように『何かが存在するということ』を人間との関係だけでとらえずに、人間(=私)のいない世界についても考えようというのがポストヒューマニティーズの考え方です」
SF的な思考実験のように見えるが、言われてみれば当然のこと、自分が死んでも世界はなくならないと多くの人は思っているだろう。それではなぜ、こうしたある意味で普通の考え方が注目を浴びているのか?
「哲学史的にはポストモダン思想の相対主義を乗り越えるものとして考えられています。
フーコーやデリダのポストモダン思想は理性、真理、普遍性といった近代哲学の暗黙の前提が歴史的に構築されたもの、つまり西欧近代特有の観念であり、戦争や植民地支配といった近代社会の暴力を背後で正当化していたことを暴露し、普遍的だと思われていた諸価値を相対化しました。
しかし、その批判の鋭さゆえに、あたかも事実すら構築されたバーチャルなものとみなせるとか、自由や人権といった我々の社会の根幹にある価値も相対化すべきであるかのような風潮がひろがりました。それでは現実や社会とどう関わっていけばよいのかわからなくなってしまう。そこで『実在』すなわちリアルを思考する実在論(リアリズム)への期待が高まったのでしょう」
プロフィール
1987年生まれ。早稲田大学国際教養学部助手を経て、現在、早稲田大学ほかで非常勤講師を務める。主な論文に「思弁的実在論の誤謬」(『フッサール研究』第一六号)、「判断保留と哲学者の実践」(『交域する哲学』月曜社)など。2019年10月に刊行された『新しい哲学の教科書 現代実在論入門』(講談社選書メチエ)が初の著作となる。