──「不便」を裏返したのが「便利」ですが、先生の研究の根底には、「便利」だけを追求していくことへの不安もあったのでしょうか。
川上 それもありますね。私が不便益研究を始めて、しばらく経ってから見つけたのがディズニー/ピクサーの『WALL・E』という映画です。人々が安楽さに依存して、何のモチベーションも無くて。全てが自動で行われるので何もやらなくても生きていける、という超便利社会を描いた物語です。もしかして便利追求のなれの果てって、こんな社会なのかなと改めて感じさせられて。
やっぱり、不便益研究に心を引かれたことの背景には、どこか心の奥底に『WALL・E』的な未来が来ちゃダメだよね、という問題意識があったんだと思います。そう気付いたのは映画を観てからのことですけれどもね。自己肯定感が芽生えない、成長も何も無い社会では、人間は生きていて面白くないよね、ということです。
―便利さ、楽であることがそのまま幸福に直結するとは限らない、と。
川上 そういうことです。これはしばしば持ち出す例なのですが、たとえば自動車に安全装置が付いていると、人は慢心してしまい、危険な運転を行う傾向が強くなると言われています。安全装置という「便利」が、かえって人を危険に導いてしまうんです。
──それでは、今の世の中を見渡して、「この方向に進んでいるのって、マズいんじゃないかな」と危機感を覚える開発やシステムはありますか?
川上 うーん……実はそれほど危機感は無いのかな(笑)。「マズいかも」と思うものもありますけど、それを止める力も無いというか。もともと工学部出身の人間として、開発をしている人に対して「そんなものをつくってはいけない」ということは、どうも心情的に言えないんです。そういう意味では、ある種、楽観的なのかも知れません。
開発をしている人は、善かれと思ってやっているわけです。たとえば、車の自動運転が実現すれば、山間部で独り暮らしをしている御老人の方にとっては、大いに生活の質を上げることになるでしょう。ただ、一方で「全ての人に自動運転が広がって、便利になり過ぎても、また問題が出てきそうだよね」という感覚も持っていないといけないですよね。
──不便益という考え方は「便利追求型」の開発に欠けている視点を補ってくれる、バランスを取っていくために重要な考え方なんですね。
川上 そういう風に見てもらえると嬉しいですね。有り難うございます。
写真提供:川上浩司
プロフィール
1964年島根県生まれ。京都大学工学部、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学、京都大学)。岡山大学助手を経て、現在は京都大学デザイン学ユニット特定教授。「不便から生まれる利益」である不便益研究のパイオニア的存在であり、不便益システム研究所所長を務めている。