――すべての本を「名作度」と「使える度」で三段階評価しておられますが、最低評価の★一つの本があんがい多いですね。
斎藤 連載時は5段階で評価していたんですが、どうしても★3つや★4つといった無難な点数のものが多くなってしまう。それは批評家として「逃げ」だよなと思って、単行本にする際にはっきり評価することにしました。
膨大な「中古典」を読み返してよくわかったんですが、世の中の価値観が変わると本の見え方もすっかり変わるんですよ。
たとえば遠藤周作の『わたしが・棄てた・女』や井上ひさしの『青葉繁れる』(いずれも「名作度」「使える度」とも★1つ)も、最初からケチをつけるつもりで選んだわけじゃないんですよ!
こんな本があったなあと思って再読したら、女性に対する感覚があまりにも古臭いもので、残念ながらたいへんにネガティブな評価になりました(笑)。
――どうしてもその時代の価値観や風俗を反映してしまうんでしょうね。1980年代に入ると田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(「名作度」★3つ、「使える度」★2つ)や吉本ばななの『キッチン』(「名作度」★2つ、「使える度」★2つ)が取り上げられていますが、こちらはちょっと評価が高いですね。
斎藤 これらの本は当時の若者が「私たちの本だ」「僕らの本だ」と思えた青春小説だったけど、読者の感覚にあまりにも近すぎると、大人には「名作」であることが伝わらないんですよね。
石原慎太郎の『太陽の季節』にしても、芥川賞をとった「古典」なので今回は外しましたが、有名な「障子に穴を開ける」場面に、当時の人は本当に衝撃を受けたと思うんです。でもそのせいでB級感が出てしまい、文学史的にはいまだに低評価ですから。これはたいした小説じゃないけどね(笑)。
プロフィール
文芸評論家。1956年、新潟県生まれ。児童書等の編集者を経て、1994年に文芸評論『妊娠小説』(筑摩書房)でデビュー。2002年『文章読本さん江』(筑摩書房)で第一回小林秀雄賞受賞。他の著書に『紅一点論―アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』(ちくま文庫)、『モダンガール論』(文春文庫)、『学校が教えないほんとうの政治の話』(ちくまプリマ―新書)、『日本の同時代小説』『文庫解説ワンダーランド』(いずれも岩波新書)、『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)、『忖度しません』(筑摩書房)など多数。