プラスインタビュー

なぜ本は「3冊セット」で読むべきなのか

「本」から時代の特徴を読み取るコツとは
斎藤美奈子

――『忖度しません』で取り上げられている多岐にわたるテーマのなかでは、歴史修正主義の問題は根深いですね。

斎藤 リベラルな人たちは、こういう本に触ると「手が腐る」とか「目が潰れる」とかいって、批判はするけど現物は読まない人が多いのね。

でも私は、この手の本が出るたび、ネタにしてやれ、という邪心もあって、ほぼリアルタイムで目を通してきました。歴史修正主義は『教科書が教えない歴史』が出て以後ずっと進行している問題ですが、まさか修正主義がここまではびこるとは当時は思いもしませんでした。

リアルタイムでずっと読んでくると、この四半世紀の流れが見えてきます。1997年には妹尾河童が戦中の時代を描いた自伝的小説『少年H』がベストセラーになりました。つまり戦争体験をもつ人のリアリティがまだ生きていた。戦争賛美の論調に近い『戦争論』が出たのは翌年の98年ですから、このへんに転換点があったと思います。

とはいえ、99年に出た西尾幹二の『国民の歴史』(産経新聞ニュースサービス)なんかは、それなりにおもしろいんですよね。百田尚樹の『日本国紀』(幻冬舎)が出たのは2018年ですが、読み比べてみると、歴史の捉え方の劣化が著しい。20年でここまで後退したのか、と。

――他方、「明治の栄光」を謳ういわゆる「司馬史観」には、日本の植民地主義に対する省察が欠けているのではないか、という批判的視点も紹介されています。

斎藤 政治家や経営者に愛読書を尋ねると、誰もが司馬遼太郎を挙げた時代がありましたよね。いまから15年くらい前、「小泉改革」の時代に小泉チルドレンと呼ばれた若い政治家もやっぱり同じで、もう司馬遼太郎はいいよ、と(笑)。

でも、いまでは政治家の「司馬遼」読書率はずいぶん減っていますよね。あの頃は、もっと別の本も読めよと思いましたが、昨今の政治家をみると、司馬遼太郎を読んでるだけでマシという感じじゃないですか。愛読書を聞けば「人となり」が推し量れる。安倍晋三の愛読書は百田尚樹だからね。

「司馬史観」と呼ばれたような偏りがたしかにあるとしても、明治以後の日本の近代史をちゃんと知ることは大事です。少なくとも司馬遼太郎くらいは読んでいた人たちが日本の政治や経済を支えていた時代と、それさえも消えてしまった現代との差は、とても大きいと思います。

――最後に、これほど膨大な書評のための本を選ぶ際の基準を教えて下さい。

斎藤 じつは、「いい本を取り上げよう」とはあまり思っていないんです。内容を誠実に伝えたいとは思っていますが、実物にあたってみて、「思っていた内容とは全然違った」という違和感を抱いてくれてもいいし、「読んだらつまらなかった!」と思われてもいい。

とくに週刊誌の場合、必要なのは「同じ時代を生きてる」感です。「目利きの私が皆様にお勧めの本を選んで差し上げます」という態度で毎回やっていたら、もちません。なんの苦労もなくサラッとやってるな、という風に見えれば本望です(笑)。

撮影:内藤サトル

 

聞き手・文責:仲俣暁生

 

【関連書籍】

1 2 3 4 5

プロフィール

斎藤美奈子

文芸評論家。1956年、新潟県生まれ。児童書等の編集者を経て、1994年に文芸評論『妊娠小説』(筑摩書房)でデビュー。2002年『文章読本さん江』(筑摩書房)で第一回小林秀雄賞受賞。他の著書に『紅一点論―アニメ・特撮・伝記のヒロイン像』(ちくま文庫)、『モダンガール論』(文春文庫)、『学校が教えないほんとうの政治の話』(ちくまプリマ―新書)、『日本の同時代小説』『文庫解説ワンダーランド』(いずれも岩波新書)、『中古典のすすめ』(紀伊國屋書店)、『忖度しません』(筑摩書房)など多数。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

なぜ本は「3冊セット」で読むべきなのか