最初に決めた3つの「鉄則」
——大学病院はその活動を許してくれたのですか?
自分の判断で、大学病院の教員である事を前面に出した情報発信はできるだけしないことにしました。大学病院自体に非難の声が向けられる可能性を心配したからです。病院へのクレームは診療の妨げにもなります。
そこで、啓発活動を始める前に「一般社団法人保健医療リテラシー推進社中」という法人を短期間で設立し、自分が代表理事となりました。あくまで大学教員とは別の身分として、2021年2月に「こびナビ」の活動を開始したのです。
——やることを決めてから活動開始まで1ヶ月。早いですね。
記録を見てみると2021年1月27日に最初のミーティングをして、ウェブサイトのリリースが2月8日です。記事を書いて、パワーポイントを作って、写真などの素材の用意をわずか10日間ぐらいでやった。自分としては2018年に厚労省を退職してから一番忙しく過ごした時期です。文字通り、寝ないで準備しました(笑)。
中にはHPVワクチンの啓発プロジェクト「みんパピ!」の経験をしている医師もいたので、初期のミーティングでその経験談、ワクチン啓発活動の注意点を共有しました。
「できるだけ冷静な言葉を使い、ワクチン慎重派との対立姿勢を示しすぎないこと」「仮に健康被害を訴える人が出た場合、原因は明らかでなくても、患者として目の前に来た場合は真摯に診療にあたる必要があること」「必ず強い個人攻撃に遭うから、できるだけ注意を払い、特に利益相反についても厳しくコントロールすること」とレクチャーしてくれました。
——S N S上で結構激しいやり取りになることもありましたね。
振り返ると、ときにヒートアップすることもありました。ワクチン啓発活動は簡単なことじゃない、とチームで相互に確認しながらすすめました。
日本国内にいて動きやすいということで、活動の代表は私が務めることになり、原則対面で会うことなく、こびナビの活動が始まりました。ずいぶん後に1回、東京で会いましたが、それまではひたすらSlackとZoomを使ったやり取りです。それでも十分、仕事は進みました。
——クラウドファンディングで活動資金を募りましたね。
それまで300万円ぐらい自分の資金を持ち出していましたが、どんどん経費が掛かる。「このままじゃまずい」と、2021年3月の1ヶ月間、やりました。色々と知恵をくれた一人がREADYFORの市川衛さんです。500万円、1000万円、3000万円と3段階の目標設定をして、1000万あれば当面は活動できると思っていたのですが、終わる直前に3000万円を突破しました。
——期待がそれだけかけられていたのですね。
めちゃくちゃ期待を感じますよね。そして、単純に嬉しかった。この資金はすべて何にいくら使ったかを開示しています。預かった大きな予算を前に、きちんと活動を完遂しなくてはと強く思いました。
有事に動かなくて何が専門家なのか
——そのような準備をした上で、まず何を発信したのですか?
まず、医療従事者向けの情報発信をしないと先に進めないので、身近な千葉市医師会を皮切りに医療従事者向けに講演会を開始しました。地域の医師会や看護協会、薬剤師協会などで、接種を受ける側、そして接種する側として自信を持てるように、臨床研究の結果の解釈などワクチンの基本的な知識の提供とひたすら質疑応答のセッションを行いました。これはもう徹底的にやりましたよ。
有効性、安全性のエビデンスの話とワクチン接種の方法の説明をした上で、希望者全員が質問し終えるまで質疑を続けました。その中で谷口先生は感染症の専門医なので非常に心強かったです。
質問の千本ノックみたいなのを受けると、「よくある質問」がわかってくる。それをもとにどんどん文字にしてウェブサイトにアップしていきました。
——Twitterでは木下先生や峰先生が中心に発信していましたね。
木下先生、峰先生は当初2人合わせて20万を超えるフォロワーがいたので、彼らの発信はとても心強かったです。「こびナビ」のTwitterアカウントも2月7日に開始して、3日間でフォロワー1万人になり、その後も伸びて今5万人ぐらいです。
——メディアにも結構レクチャーしていましたよね。
医療者から始めて、SNSで広がった後に、大手メディアへもアプローチしました。先方からの問い合わせもどんどん増えていきました。TwitterとWebサイトの情報提供だけでは全然足りず、YouTubeライブや岡田先生がやっていたInstagramライブが重要でした。
——岡田先生は「れおにい」というあだ名で親しまれていました。
「こびナビ」ファンが生まれ、応援してくれる雰囲気ができていきました。またClubhouseやTwitterのスペース機能を使って、世界の最新ニュースの音声配信を2021年2月から始めました。4月からは、月曜が木下先生の疫学研究、火曜日は私の医療政策、水曜日は安川先生がCDCの発表などをマニアックにレポートし、木曜日は峰先生が変異ウイルスなどについて話して、金曜日が岡田先生で新型コロナワクチンの基礎研究と小児への接種の話。同年10月に2日に1回の頻度に落とすまでの8か月間、平日は毎日行っていましたね。あれは大変でした。
——先生方の負担は大きかったのでは?
それはそうですが、自分としてはこういう有事の際に、公衆衛生を学んだ者が活動せずにいつやるのか。公衆衛生や医療政策が専門と標榜するのに、残念ながら政府の対応をただ批判している人たちもいました。行動すること、自分たちはできるだけのことをやろうとチームで確認し合っていました。
プロフィール
(よしむら けんすけ)
1978年生まれ。千葉大学医学部卒。東京大学大学院(公衆衛生修士)・千葉大学大学院(博士)修了。
精神科診療および厚生労働省保険局・医政局を経て、2019年より千葉大学病院次世代医療構想センター センター長/特任教授。
コロナ禍では千葉県新型コロナウイルス感染症対策本部に参画し、また成田空港検疫所にて検疫官として水際対策の現場に立った。
専門は医療政策、公衆衛生、精神保健。