プラスインタビュー

「誰もうたないかもしれない」――〈こびナビ〉コロナワクチン啓発活動、苦闘の2年半

初代代表・吉村健佑氏インタビュー
吉村健佑

吉村健佑氏

新型コロナウイルス感染症との戦いは、誤情報との戦いでもあった。

SNSが普及した時代にパンデミックを迎えた新型コロナ感染症は、情報の錯綜に翻弄された感染症でもある。流行初期から「お湯をたくさん飲めば予防できる」「再感染は致死的」などの誤情報が人々を混乱させ、ワクチンが開発されれば「不妊になる」「マイクロチップが入っている」などの誤情報が接種をためらわせた。

そこで立ち上がったのが医師有志で作ったプロジェクト「こびナビ」だ。新型コロナワクチンに関する正確な情報を啓発したこの活動で、誤情報は早い段階で打ち消され、日本のコロナ対策に大きく貢献したと評価されている。

そのこびナビを設立し、前代表としてこの活動を率いてきた医師で行政での勤務経験も有する吉村健佑さんにこれまでの歩みを振り返ってもらった。
聞き手:岩永直子
撮影:露木聡子

医療関係者でさえ「あまりうちたくない」

——こびナビを始めたきっかけは?

2019年に千葉大病院に地域の医療政策について教育研究する「次世代医療構想センター」を立ち上げた直後、2020年から新型コロナウイルスの流行が始まりました。
平時の医療政策がストップし、県庁に「新型コロナウイルス感染症対策本部」ができました。私は元々精神科医ですが、公衆衛生学修士を取得しており、千葉県の医療政策にかかわる部門で非常勤勤務もしているので対策本部に召集されたのです。

そこで主に携わったのは重症者の搬送先の調整です。救急車が何時間も待機することが増え、千葉県ではのちに妊婦の搬送先が見つからず自宅で出産して赤ちゃんが亡くなる事案も起きました。医師として、とても残念でした。
医療の流れを川にたとえると、入院先調整は重症化した人をどうするかという「下流」の話です。そのもっと前段階にある「上流」の対策、発症予防や重症化予防の対策を行わないといけないと強く思いました。

そんなことを考えていた時に、厚労省のかつての同僚から成田空港の検疫官が足りないという連絡がありました。島国である日本の検疫は重要です。2020年12月から私も非常勤で空港検疫の現場に立ちました。10-15人ぐらいの医師チームを作って交代で支援を始め、その中の一人がこびナビ事務局長となった千葉大の黑川友哉先生です。

水際対策の空港検疫を行っていた頃、世界的に接種が始まりかけていたのが新型コロナワクチンです。検疫とワクチンのどちらも「上流」の対策で、日本のコロナ対策はそこが重要です。
しかし検疫だけでパンデミックを防ぎきることは無理だと現場で実感していました。感染直後の患者は検査だけではどうしても検出しきれません。また、政治的な思惑、例えば米軍などは特例的な対応をしており、十分な検疫ができないこともわかりました。

そのタイミングで、新型コロナワクチンが開発されたのです。2020年12月にThe New England Journal of Medicineにファイザー社製のワクチンの臨床試験の結果が発表されました。
その結果は素晴らしいもので、他の臨床試験の結果を合わせて考えると、非常に有効性・安全性に優れたワクチンが開発されたと喜びました。

国の接種計画が報じられ、国内でまずは医療従事者向けに始まるとのこと。しかし、周囲の医師や看護師は必ずしも接種に肯定的ではありませんでした。
なかには「我々が実験台にされる」という反応さえ見られたのです。

——あの反応は驚きでした。

全ての医療従事者が、臨床疫学や生物統計を学び、臨床研究の結果を評価できるわけではありません。新しいワクチンに対する様々な「2次情報」に触れる中で不安になる方もいたようです。もちろん、その気持ちもわかりました。

これはまずいと思って、昔一緒に働いたことがある厚労省のかつての同僚に「きちんと情報提供、啓発しないと接種はすすまないかもしれない。仮に医療従事者がうたないと、国民も不安になります。まずは医療従事者向けに情報提供、啓発しないと」と相談しました。

しかし当時、厚労省はワクチンの購入や流通・配布の算段、接種記録の保管方法などのロジステックで手いっぱいでした。加えて、ワクチン以外のコロナ対策も膨大な作業で、疲弊していました。
国がこの状況では、都道府県や実際に接種を行う市町村にも広く啓発する余力があるとは思えません。せっかく日本にワクチンを購入する資金や供給するルートがあっても、情報提供しないと国民にきちんと届かないかもしれない。しかしこの問題を解決できる人員やチームがいない。そういう状況が2021年1月にありました。

日本には、米国のCDC(疾病管理予防センター)のように情報発信に優れた公的機関もありません。このままだと、有効性も安全性も高いのに、不安が広がって日本だけ接種率が激減したかつてのHPVワクチンのようになってしまうのではないか。強い危機感を覚えました。

吉村健佑氏

そんな時、行政で働く別の友人と意見交換する機会がありました。まさに同じ問題意識を持っていて、「民間の活動として、できるだけ早く始めてはどうか」とハッパをかけられました。まさに国難ですし、私自身もこういう時に動かなくてはいけないと考えました。

この頃、SNSグループには同じような危機意識を持つ医師が多く集まっていました。印象的なのはSNSで意欲的に発信していた、当時米国在住の木下喬弘先生、ウイルス研究者の峰宗太郎先生です。そこから米国在住の小児感染症医・池田早希先生や内科専門医・安川康介先生、ハーバード大小児精神科医・内田舞先生ともつながっていきました。 皆、一様にSNSでのワクチン慎重派の言説、意見に問題意識を持っていました。特に「新しいワクチンへの不安に共感する意見や報道」が先行している事態がとてもまずい、と。新しく開発されたワクチンに不安を抱くのは当然ですが、そこだけ強調するのでは不安の連鎖が広がってしまいます。国外の状況に精通している日本人医師たちの参加は、日本国内に閉じがちな議論の中で「国外での情勢や情報・評価」をもたらし、啓発活動全体を通じて重要な視点、強みとなりました。

私は大学病院の同僚で小児科医の岡田玲緒奈先生、感染症専門医の谷口俊文先生、前述の黑川友哉先生らに声をかけ、約10人のコアメンバーが集まりました。

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プロフィール

吉村健佑

(よしむら けんすけ)

1978年生まれ。千葉大学医学部卒。東京大学大学院(公衆衛生修士)・千葉大学大学院(博士)修了。
精神科診療および厚生労働省保険局・医政局を経て、2019年より千葉大学病院次世代医療構想センター センター長/特任教授。
コロナ禍では千葉県新型コロナウイルス感染症対策本部に参画し、また成田空港検疫所にて検疫官として水際対策の現場に立った。
専門は医療政策、公衆衛生、精神保健。

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