「こびナビ」プロジェクト終了とこれから
——やり残していることはありますか?
あえて言うなら、唯一やり切れなかったのは小児の接種に関する啓発です。感染後の様々な後遺症が小児で報告されてきていますが、シニアの小児科医の中には「感染した方が強い自然免疫がつく」と言う方もいて驚きました。
「予防接種のほうが安全で、有効性も高い」と理解いただくのが結構大変で、十分な理解も広がり切らなかった。日本では感染者が減って亡くなる人が減り、接種後の発熱が面倒という雰囲気が流れ始めたところに、小児の接種が認可されました。「今うつメリットある?」という空気が流れて、打開しきれなかったと総括しています。
2022年1月にこびナビ代表を小児科医の岡田先生にバトンタッチしたのも、これからは小児が課題になるから、代表が小児科医のほうがアピールできるという狙いもありました。
——こびナビの2年半の活動、達成感はありますか?
もちろんあります。クラファンで集めた資金もほぼすべて使い切りました。次の流行に活かせるように小児の接種が十分進まなかった理由を振り返る報告を出せたら、概ねおしまいなのかと思っています。
——こびナビの活動は終了するのですか?
このプロジェクト自体は閉じます。ただ、母体としての一般社団法人は残し、また、こういう公衆衛生上の問題が生まれた場合は動けるようにしたいです。
——新たなパンデミックレベルのことが起きたら再集結するのですね。
必要があればそうすると思いますが、本来このような活動は、非営利の民間の専門家集団に任せるようなことではありません。例えば国立の感染研の中にそういったプロの広報部隊を作るとか、公的な支えのもとにリスクを取ってでも正確な発信のできる組織があるのが望ましい。CDCが行っているような活動が国内でも整備されていくことを願います。そうでないと持続可能な活動になりません。
——日本の感染症のリスクコミュニケーションを、有志の医師たちの善意ややる気に頼ってはいけないですね。
「こびナビ」の予算は約3000万です。決して安い金額ではありませんが、コロナ対策としてコスパはよかったと思います。仮にプロが行うとしたら1-2億円では足らない事業です。
平時に人材育成を行い、何かあったときに招集する体制が作れればいい。主体は国でもいいし、公益性のある法人が信用と財力と人脈を持って、メディアに対してプロとしてアプローチする。そんな集団が国内にひとつもないのは非常にまずいです。
医師として共に戦った仲間たち
——ここまで2年半、先生は何をモチベーションとして活動してこられたのですか?
プライベートな理由もあります。自分の弟がダウン症で、感染症にかかると亡くなってしまう可能性がある。彼がいるグループホームの中に、実際にコロナになって亡くなった方もいました。重症化リスクがあり、ワクチンをちゃんと届けなきゃいけない家族がいるのは、モチベーションのひとつになりました。彼も接種して、これまでコロナにかからずに過ごしています。
また、私は医療を含む日本社会の姿勢に対して少なからず失望していたのですが、実際に啓発活動をやってみると手応えを感じました。
一般の方も、医療従事者も、メディアの方も、行政官も理解し、ワクチンについて正確に理解して、接種に進んでくれた。それを周囲に伝えてくれました。
もちろん「こびナビ」だけの成果ではないですが、振り返ると日本の接種率の伸び方は世界でも最大のレベルであり、コロナによる死者も低い水準でした。
多くの人が「こびナビ」の活動を評価してくれた。そのひとつが、例えば厚労相からもらった「上手な医療のかかり方アワード」の最優秀賞でした。真っ当な活動を真っ当に評価してくれる人がいるのはすごく励みになりました。
医師法第一条に医師の任務は「公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保する」と書かれています。その意味でも、今回は医師としてやれるだけのことはやれたかなと。
先日、久しぶりに対面で会った友人から、「こびナビは本当に大事な活動だったと。何万人、何十万人かの命や健康を助けたのだと思う」と真顔で言ってもらえました。
コロナ禍で、課題を解決する意志を持つ人々が年齢や背景を問わず明確になったのは、今の世の中で大きなプラスだと思っています。コロナ禍で自ら動いた人、汗をかいた人は、これからもきっと大事な仲間として一緒に頑張っていける。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないなと。そんな希望を抱いています。
※注意※
記事の内容は吉村個人の意見や感想になります。所属組織やこびナビに参加された方すべての方の意見を代表するものではありません。
プロフィール
(よしむら けんすけ)
1978年生まれ。千葉大学医学部卒。東京大学大学院(公衆衛生修士)・千葉大学大学院(博士)修了。
精神科診療および厚生労働省保険局・医政局を経て、2019年より千葉大学病院次世代医療構想センター センター長/特任教授。
コロナ禍では千葉県新型コロナウイルス感染症対策本部に参画し、また成田空港検疫所にて検疫官として水際対策の現場に立った。
専門は医療政策、公衆衛生、精神保健。