プラスインタビュー

「誰もうたないかもしれない」――〈こびナビ〉コロナワクチン啓発活動、苦闘の2年半

初代代表・吉村健佑氏インタビュー
吉村健佑

マスメディアの罪

——メディアは頼りなかったですか?

メディアには、問題が3つあると思います。

1つ目は、両論併記にこだわること。「物事には賛成と反対があって、両方均等に報道しなければならない」というドグマ、思い込みがあるようです。例えば政治的なオピニオンなどについてはそれでいいですが、医学的・科学的事実を両論併記で出すのは適切ではない。専門家間でのデータに基づく批判的な議論を経たうえでの科学情報と、個人の感想や思いを同一に並べて報じては、ワクチンへの正確な理解にはつながりません。
ことワクチン報道については、メディアは賛成と反対の「意見」として同じ量、報道しがちです。しかもたいてい賛成の話を先に、反対の話を後に出す。行動科学からみると、直近に聞いた情報のほうが印象に残るから、「やっぱりワクチンは怖いんだな」と受け止める。こういう報道は問題どころではなく、あえていうなら有害です。

2つ目として、メディアには「政府の発表を鵜呑みにするのは知的ではない」という意識があるようです。科学的な事実を話しているにもかかわらず、「あなたは結局、厚労省や政府の広報役だろう」という捉え方をされてしまう。それを助長する残念な報道もあって、「大本営発表を繰り返しているんじゃないか」と的外れの批判を受けました。
現場の記者たちは、「自分はワクチンの被害者である」という方に対して「この小さな声を無視してはいけない」と思ってしまう。ついついマイノリティーの味方をしたい、弱者救済のためという善意からだとは思いますが、まずは冷静な科学的な検証、検討が重要です。そこがすっぽり抜けてしまうとしたら問題です。

3つ目として、メディアのトップが医学的・科学的事実を十分に理解していない問題があります。組織の上の人たちの理解がないと、問題のある記事や放送を止めることができない。
だからメディア上層部に対してもこびナビとして説明する機会をつくりました。幹部の方に対して、広い視野に立ち正確な発信をしてもらえるようにお願いしました。

——メディアに対するレクチャーで素晴らしいと思ったのは、接種後に起きたあらゆる望ましくない出来事である「有害事象」と、ワクチンと因果関係のある「副反応」の違いを繰り返し解説してくれたことです。
死亡も含め、接種後に起きた望ましくない出来事は全て医師や製薬会社から報告されますが、その症状が副反応であると確認するには、「接種したグループ」と「接種していないグループ」で接種後に現れる症状の頻度を比較する大規模な疫学研究を待たなければいけません。そういう違いをメディアに理解してもらったおかげで、接種後の死亡や体調不良をすぐ「ワクチンのせいだ!」と報じるメディアが減ったと思います。

それはうれしい意見です。メディアの中には、あえて「副反応」と「有害事象」を混同させるような内容にして、みんなを不安にさせるものもあります。不安にさせれば記事が売れる。これはわかってやっているのでは、と思ってしまいます。

—わかっていないメディアが多いと思います。

そうであるといいのですが。時系列的な前後関係があるだけの「有害事象」なのに、あたかもワクチンと因果関係がある「副反応」であるかのような書き方はしないでほしいと繰り返しお伝えしました。
啓発活動では、同じ話をいろんなチャネルを通じて繰り返し伝えることが大事です。それは接種する皆さんに対しても同じで、高齢者の接種が始まると、彼らの情報源は地域新聞や市町村の広報紙なので、そのような紙媒体に対する発信もかなり意識しました。無料の紙媒体を絵本のような形で印刷し、全国の都道府県・市町村や医師会、学校などにも配りました。

——新型コロナウイルス感染症やワクチンに関する漫画を募集して、理解を促進する「コロナマンガ大賞」も主催しましたね。

SNSもやらず、テレビも新聞も見ない方々に対して漫画を使うというアイデアです。また同様の層に対する啓発ポスターを、三軒茶屋や吉祥寺などいわゆる若者が集まる街に貼りました。できるだけのことはやろう、とあらゆる方策を取りました。

吉村健佑氏

送られてきたカッターナイフの刃

——各先生もすっかり有名になりましたね。

なるべく顔や名前が見える人間として出るのが大事でした。毎日のように取材依頼が来るので、すぐ動ける人が手挙げ方式で出るようにしていました。日米で24時間体制で動いているので、取材依頼にすぐに返信ができる。「こびナビに頼むと対応が早い」とわかると、リピートで取材依頼が来ます。依頼を受ければすぐに、無報酬・無料でも対応する姿勢で、できるだけ断らないで発信を続けました。

——顔出し実名はリスクもあるのにそうしたのは、信頼を得られるからですね。

何を言うかはもちろん大事ですが、誰が言うかも啓発活動ではかなり重要です。「こびナビ」も、身近に感じられる人たちが自分に語りかける形にする必要がありました。当初、一生懸命WEBに載せていた医学的エビデンスの閲覧数自体は思うよりも伸びなかった。よく読まれたのは接種体験記の方でした。一般の方は「この人がうってどうだったか」という体験談の方が馴染みやすいのかもしれません。
メディアでも、有名人の方が「自分もワクチン打ちました」という啓発をしており、そういう方法もいいのだと思います。

——新しいワクチンが出てくると必ず不妊になるなどの誤情報(デマ)が流れますが、内田舞先生が自分ごととして妊娠中の接種を検証し、接種体験を発信されたのは大きかった。

影響力がありましたね。内田先生はお腹の大きな自分の写真を何度も出して発信しました。健康に関する不安情報・誤情報は、子供と妊婦に関するものが圧倒的に多い。新しい技術は、子供や妊婦に対する影響が大きいと不安がかき立てられるので、どんな発信が人の心に刺さるか考えながらやっていました。

——内田先生はこの発信で妊娠中に「死産証明書」を送りつけられるなどの攻撃を受けました。吉村先生にも脅迫はあったのですか?

職場にカッターナイフの刃が複数回送られてきて、警察に被害届を出したこともあります。大学への嫌がらせの電話も度々ありました。
自分の職場では対応マニュアルをつくって、「一般社団法人の活動であり大学とは関係がない」と説明しても電話口での誹謗中傷が続く。そんなストレスもあり、残念なことに自分の部署の事務補佐がおひとり辞めました。本当に申し訳ないことをしました。抗議電話が続いた状況で、大学の広報から「少しトーンを下げてください」と言われたこともあります。発信者が所属する組織で居心地の悪さ、仕事をやりにくくする空気を作っていくやり方は本当に残念でした。

——心は折れませんでしたか?

弱気になり、こびナビ自体が自分にとってすごくマイナスなのか、という気持ちになったことはあります。自分の住所もTwitterでさらされ、自宅にもいっぱい中傷の手紙が来ました。徐々に慣れましたが、いやな気分になりますよね。
一方でこれはすばらしい活動だと言ってくれた人たちもいました。周囲の医師仲間や自治体の保健師などは明確に応援してくれました。
当時ワクチン接種推進担当大臣だった河野太郎さんも理解を示してくれて、私と木下先生で1時間、対面で大臣レクをさせてもらいました。私も厚労省に3年勤めたことがありますが、大臣と1時間も話せたことはないです(笑)。河野大臣は我々の資料を理解してくれ、内容を自身のブログやツイッターに流したので、非常に影響力が大きかったです。

やはりチームでやったのが良かった。1人だと心折れていたと思います。みんなで励まし合って、本業が忙しい時はお互いカバーし合う。感染症の専門家、小児科医、内科医、精神科医、SNSの専門家、基礎医学研究者、行政経験者と幅広い分野の専門家が一通りいたのも、奇跡的な人選でした。みな、すごいんですよね。本当に化け物のように優秀な人たちが自発的に集まってやれたのはすごいことです。同時に熱いんですよね、いうなれば戦友でもあります。

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プロフィール

吉村健佑

(よしむら けんすけ)

1978年生まれ。千葉大学医学部卒。東京大学大学院(公衆衛生修士)・千葉大学大学院(博士)修了。
精神科診療および厚生労働省保険局・医政局を経て、2019年より千葉大学病院次世代医療構想センター センター長/特任教授。
コロナ禍では千葉県新型コロナウイルス感染症対策本部に参画し、また成田空港検疫所にて検疫官として水際対策の現場に立った。
専門は医療政策、公衆衛生、精神保健。

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