対談

個々人の「おりたいこと」を考えることで、社会の違和感や変えたいことが見えてくる

飯田朔×小山美砂

「自分は何からおりたいのか」に耳を傾けて、気づく。それが大事

小山 では、いろいろ紹介していきたいと思います。飯田さんも気になるコメントがあれば教えてくださいね。

飯田 はい。

小山 いっぱい書いてくださっている方がいますね。「おりたいこと――資本主義社会、成果主義、健康ファシズム、家父長制、自由恋愛市場、他人との比較、物の所有」。別の方ですが「数字から下りられない。フォロワー数やお金など」。これは私たちとも関係する話ですね。
 この「ジェンダー的男の役割からおりたい」というコメントはどうですか。飯田さんは感じたりします?

飯田 僕はただ実家で暮らしているだけなので、家父長として家族を養う的な意味での男の役割を発揮する場面はほとんどないんですが、これを書いてくださった人が具体的にどういう場面でそのジェンダー的男の役割を感じているのか、確かにちょっと気になりますね。

参加者A 収入面で言いますと、現状だとやはりどうしても男性の方が稼げるということになっているので、自分が中心になって稼がなければいけないと妻も思っていて、それがちょっとプレッシャーになることもあります。

小山 私は逆に、女性としての役割を逃れたいと思っています。たぶん多くの女性がそうだと思うんですが、飲み会に行くと、女性だから取り分けろとかお酌をしろと未だに言われることがあるんですよね。
 今のお話でも、男性の方が稼げるというのは、企業がそういう給与体系でずっとやってきたことも要因でしょうから、「おりる」という行為は、もしかしたら自分一人でできることではないのかな、と思いました。

今のお話は、個々人の「おりたいこと」を考えることで、みんなが社会に感じている違和感や変えたいことが見えてくるのかもしれない、という意味でも大事だなと思いました。ありがとうございます。
 あと、コメントの中で「おりました」と言ってくださっている方がいらっしゃるので、ちょっとご紹介しますね。「以前に勤めていた会社で残業からおりた」という人です。「夜中まで働くのをやめて定時帰宅を鉄の意志で貫いたら、他の人たちも早く帰るようになった」という、これは面白いですね。自分自身が行動することによって、周囲も変えちゃっていますね。

参加者B 昔、ベンチャー企業に勤めていたんですが、終電帰りや泊まりも当たり前で、辛くなってきたのでその会社を辞めたんです。次の会社に入る時は、もう絶対に残業をしないでおこうと思ったんですが、入ってみると結構みんな残業していたんですね。ただ、転職時の面接で「定時に帰ります」と宣言していたので、入社後もそれを実行していると、私の後から入ってきた人たちは私を見て定時に帰るようになり、その結果、以前からいた人たちも早く帰るようになっていきました。

飯田 そういうことって確かにあるんだろうし、まず自分が行動してみるというのは意外にいいかもしれないですね。

小山 オンライン参加で書いてくださっている方もいますね。学校教員でコメントをくださっている方です。「私は現在、学級担任をしていません。学級担任を離れることで家族との時間が確保でき、うれしさを覚えています。しかし、荒波に揉まれていない、メインストリームから外れているという感覚もあり、離れたからこそ見えたことや感じられたことはポジティブ、ネガティブの両方あります」。これはめっちゃわかりますね。特に荒波に揉まれていない、メインストリームから外れているという感覚。
 私は今、新聞社時代と比べると普通に7~8時間寝ることができているんですが、でもその間にも同期だった子たちは仕事をしているんだと考えると、自分は成長していないのではないかと不安になります。

飯田 僕は小山さんのnoteを読んで印象に残ったのは、料理を作ることでバランスを取り戻したという話です。

小山 私にとっては、食材を買ってきて料理をしてそれを食べる、ということが、たぶん外しちゃいけないことだったんですね。新聞社にいる時は忙しくて時間がないからコンビニのご飯や外食で済ませていて、それで自分がすり減っていったところがある。料理が好きじゃない人は別にそうじゃなくてもいいと思うんですけれども、私はそこに気づくことができたので、料理ができるほうを選ぼうと思った、ということですね。

飯田 僕の場合も、大学が嫌だったのに無理して行っている時期に、ある飲み会に参加したら、顔がどんどん痒くなって、居酒屋のトイレで鏡を見たら顔が真っ赤になっていたんですね。これはやばいと思って、それで大学を休むことにしました。そうすると急に目の前から他人が消えてしまったんですが、実家近くの公園では相変わらず木が生えていて、実家にもネコはずっといるんですね。僕は特に自然が好きなタイプではないし、木もネコも勝手に生えたり生きたりしているだけなんだけど、そういう事実に気づくことがあったなあと思いました。

小山 「おりる」の前に「気づく」があるわけですね。自分は何からおりたいのか、ということにまず耳を傾けて、気づく。それがすごく大事なことなのかもしれませんね。
 そろそろ時間なんですが、今日は特に結論や導きたい狙いがあるわけでもないので、飯田さんとのお話やみなさんとのやりとりを通じて、これから〈自分軸〉で生きることのヒントが何かあったのならうれしいです。私自身にもまわりの大切な人たちにも生きやすいように言葉を交わしていきたいし、考えていきたいと思いました。今日はありがとうございました。

飯田 先日、済東鉄腸さん(『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、ルーマニア語の小説家になった話』著者)と対談をした時にも思ったんですが、(小山さんや済東さんのように)年齢が近くて色々なことを経験してきた人が、こうやって声をかけてくれて、それを今日いらっしゃったみなさんや配信で見てくださった方々と共有できたのは本当に良かったと思います。わざわざ雨の中を下北沢まで来てくださって、また、配信参加の方々もネットで見てくださってありがとうございました。

構成/西村章

※この対談のフルバージョンは、以下のURLからアーカイブ購入可能です(6月9日まで)
https://bbarchive240508a.peatix.com/view

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関連書籍

「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから
「黒い雨」訴訟

プロフィール

飯田朔×小山美砂

いいだ さく

1989年、東京都出身。早稲田大学在学中に大学不登校となり、2010年、フリーペーパー『吉祥寺ダラダラ日記』を制作。また、他学部の文芸評論家・加藤典洋氏のゼミを聴講、批評を学ぶ。卒業後、2017年まで学習塾で講師を続け、翌年スペインに渡航。1年間現地で暮らし、2019年に帰国。今回が初の書籍執筆となる。

こやま みさ

1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。

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