対談

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『インド残酷物語』発売記念対談【後編】 池亀 彩×内藤正典

池亀 彩×内藤正典

内藤正典氏

「どんな悪党でも、懐に入ってきたやつを敵に渡せない」

内藤 京都だと、同志社大は留学生が多いほうです。私のいる大学院では、JICAのプログラムに参加していて、アフガニスタンの、前の政権の若手官僚たちを受け入れています。

 面白かったのは、彼らは英語圏にいたこともないし英語がかなりヘタですから、私も人のことは言えないんだけど、「自分より英語がヘタな人に英語で授業するって、どうやろうか」と思ってね(苦笑)。

 で、彼らに自分の国の話をしてもらったら、皆いろいろお国自慢もしてくれた……。

「ところで、アフガニスタンは20年間ひどいことになっていたけど、20年前にアメリカが戦争をするときに、タリバンはなんでビンラディンの首をアメリカに差し出さなかったんだ? 差し出していれば、あんなに蹂躙されずに済んだんじゃないか」と尋ねたんです。彼らはもちろん、全員タリバンなんか大っ嫌いなんですよ、政権側だし。でも「それはだけは、できない」って即答するんですよ、皆。

「何でできないんだ?」って聞くと、「どんな悪党でも、助けを求めて自分の懐に入ってきたやつを、敵に渡すなんてことはできない」と。それを聞いて「あ、そうか」と。

 そういうことが、一つずつ発見なんですよね。それがパシュトゥン人の「仁義」みたいなものなんだ、と。

池亀 なるほど。すごい。

内藤 アメリカがアフガニスタンを作り変えようとしても、なかなかうまくいかないのはどこにあるのかということは、周りにいる日本人の学生たちも、そういう話を聞くと、一つ学ぶわけですよね。その辺のリアリティーって、たとえお国自慢であろうと、留学生がいてくれて、いろんな話をしてくれるというのは、必要なんですよ。

池亀 そうですね。

内藤 だけど、そのためには、日本が留学先として魅力的じゃないと、来ることはないでしょう。

 

日本に留学する学生が減っている

池亀 私もインドに留学生のリクルートに行きましたけど、大変ですね。日本に今、インドから来ている人留学生は千人ちょっとしかいないんですよ。

内藤 英語ができる学生は欧米に行っちゃいますよね。

池亀 行きますね。でも一方で中国にはインド人の留学生が2万人以上いるんです。なんでかというと、医学の授業を英語でやって、医学のディプロマ(資格免状)を出しているんですって。

 昔、インド人でお金足りなくて、インドの医科大学に行かれない人は、ロシアに行っていたんです。よく皆、「モスクワのディプロマを持ってる先生はヤブ医者だ」って言ってたんですけど(笑)。これからは中国で医師免許を取ってきた人たちが出てくると思います。日本に来る留学生とは、規模が全然違います。

 インドでリクルートして、何がウケるかっていうと、国立大学の学費が、インド人のいわゆるアッパー・ミドルクラスの人たちからすると安いんです。「そんなに安いんだったら行かせようかな」っていう感じですね。今、たとえばアメリカに行くんだったら年間6万ドルですよね。イギリスだって2~3万ドルかかりますから、日本なら、100万円しないって。インドの私立大学も今、それぐらい取っているんですよ。驚くべきことに。

内藤 恐ろしい。

池亀 インドの感覚で言ったら、年間1千万円ぐらいの学費を払っている感じです。それを出せるアッパー・ミドルクラスが一定数いるんですね。だから彼らからすると「アメリカに子供を送るよりは安い」と。

 それ以外、日本に来る利点って「日本で就職できるかどうか」というぐらいしかないと思います。日本で何か学びたいという子は、ごく少数の日本文学好きとか、ニッチなところ以外は。

内藤 今どき、漫画かアニメ好きじゃないと来ないですよ。

池亀 そう。本当にそうですね。

内藤 外国から来る留学生が、皆それを題材に上げてくるので、先生たち困っているんだ(苦笑)。

池亀 そうなんですよ。そういう日本好きなんですよね。漫画で見ていてとか、アニメで育って日本に行ってみたい、という。

内藤 こんなこと言ったら文科省に嫌がられるかもしれないけど、もう、日本で勉強したらエリートになれるとか、リッチになれるとか、そんなの幻想にすぎないと思うんです。むしろ、母国がどうしようもなく不安定だとか、独裁で自由にものが言えないとか、そういう国の熱心な若い方に奨学金を付けて積極的に迎えることができたらいいと思います。日本政府は考えもしないでしょうが、それが教育への投資というものです。同じことは日本の若い方にも、しなければいけないんですけどね。最初から、親が金をかけて育てた子どもは、どこの国でも、先々、あまり伸びないですからね。〈了〉

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プロフィール

池亀 彩×内藤正典

池亀 彩(いけがめ・あや)

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。1969年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科、ベルギー・ルーヴェン・カトリック大学、京都大学大学院人間・環境学研究科、インド国立言語研究所などで学び、英国エディンバラ大学にて博士号(社会人類学)取得。英国でリサーチ・アソシエイトなどを経験した後、2015年から東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2021年10月より現職。

 

内藤正典(ないとう・まさのり)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。一橋大学名誉教授。『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』 (集英社新書)、『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』(集英社)、『イスラームからヨーロッパを見る 社会の深層で何が起きているのか』(岩波新書)他著作多数。

 
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