対談

情報も知識も教育も偏っている日本のゆくえ

『インド残酷物語』発売記念対談【後編】 池亀 彩×内藤正典

池亀 彩×内藤正典

外国についての情報が増えているようで、実際は量も質も落ち、そこから判断する力も失われつつある日本。

いまの大学教育において、何が足りないのか。

京都大学大学院准教授で11月に集英社新書『インド残酷物語 世界一たくましい民』を上梓したばかりの池亀彩氏と、『限界の現代史 イスラームが破壊する欺瞞の世界秩序』(集英社新書)などの著書がある同志社大学大学院教授・内藤正典氏が、地域研究の現状から海外と日本における大学教育の差異に至るまでを語り合う。

※本稿は11月25日に週プレNEWSより配信された同記事に未掲載の情報を大幅加筆したロングバージョンです。

構成・文/稲垣 收 撮影/露木聡子(池亀氏) 三好妙心(内藤氏)

人口世界一になるインドの研究者が異常に少ない 

内藤 「今の日本で今さら何か言ってもダメかな」と思う反面、私もまだ大学にいるから、若い人に授業とかで伝えなきゃいけない。でも、日本のメディアで取り上げられるのはアメリカと中国の動向ばかりで、それも「好きか嫌いか」というような、ごく単純な二分法でしか語られなくなってしまっている。残念ですが……。で、「反中国」と言えば本が売れるという……。

 外国を扱ったものにしても、30年前と比べても、ずいぶん単純化したし、情報の量も減ったし、日本人が情報から判断する力も失われたんじゃないかと思うんです。でも、それで済むとは思えない。日本も今後、どんどん孤立することになると思いますから。

 一時期、私は学術会議の地域研究のところに連携会員としていたことがありますが、学術会議が何か言っても、そういう状況を変えるのは、なかなか難しかったですね。文科省も、一時そういう「グローバルな視点」というのを教科の内容にも入れたんだけど、基本的に世界史が必修で、あとは日本史か地理のうちどちらかを選択することになっていたので、地理の履修者がほとんどいなくなったんです。

 でも今度、復活するんですよ。高校の学習指導要領が改訂されて、2022年から「地理総合」と「歴史総合」という形で。そうやって少しバランスを取って、外国についての知識が増える方向に行ってくれないと、池亀先生みたいな研究者がもう、出てこなくなっちゃう。

池亀 たぶん今年か来年かには、インドは中国の人口を超すんですけど、それだけの大国なのに、インド研究者が非常に少ないっていうのは、ちょっと異常ですよね。中国研究者は多いのに。

内藤 異常だと思う。 

私が一橋大学で教えていた時に、たまたま同僚がインド研究者だったんです。この間亡くなられた古賀正則さん。隣の研究室だったんで、インドの話をずっと聞いていたんです。

 それで一度、ずいぶん昔だけど、シリアからトルコへ行く学生のフィールドワークみたいなものを私がやったときに、古賀先生をシリアに連れて行ったんです。

 そしたら、「君、どうしてここの国の農村の子供は靴を履いているんだ?」って言われてね。「たしかに靴、履いています。みんな商人で、街へ行って一人前に商売してますから」と言ったら、驚いていました。「インドでは農村の子は靴、履いていないんですか」と尋ねたら、「当たり前だ、インドは履いていない」と言われて。

池亀 そうですね。まあ、最近は靴履いているかな、一応。

内藤 だから、本当にそういうふうに、全然違うフィールドを持っている先生たちが、学生と一緒にいろんなところに行くのも大事だと思います。私も古賀先生に連れられて、東南アジアには行ったんですけど。できたらそういう経験を学生たちにさせたいですよね。

池亀 そうですね。

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プロフィール

池亀 彩×内藤正典

池亀 彩(いけがめ・あや)

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。1969年東京都生まれ。早稲田大学理工学部建築学科、ベルギー・ルーヴェン・カトリック大学、京都大学大学院人間・環境学研究科、インド国立言語研究所などで学び、英国エディンバラ大学にて博士号(社会人類学)取得。英国でリサーチ・アソシエイトなどを経験した後、2015年から東京大学東洋文化研究所准教授を経て、2021年10月より現職。

 

内藤正典(ないとう・まさのり)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。一橋大学名誉教授。『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』 (集英社新書)、『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』(集英社)、『イスラームからヨーロッパを見る 社会の深層で何が起きているのか』(岩波新書)他著作多数。

 
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