プラスインタビュー

本来反ユダヤだったはずの欧州の極右は、なぜイスラエルを支援するのか?

集英社新書『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』刊行記念講演…
内藤正典

“反ユダヤ主義”のわな

 私は今、反ユダヤ主義のわなということを考えています。ヨーロッパの他の国でも、「ハマスはテロ組織でありイスラエルには自衛権がある」という主張や「イスラエルを非難するのは反ユダヤ主義だ」という主張が、極右の間だけでなく、保守派にもリベラルにも左派にも共有されてしまっています。この右から左まで党派を超えた主張になってしまっている、というのが一つ。

 そして、極右はもともとナショナリズムの暴走ですから、ドイツのネオナチのような形で突出して、その国の「一国ナショナリズム」を暴走させる特徴があった。それが今や、「反イスラム」という共通の目標の下に国を超えて極右が連帯してしまった。それが二つ目です。

 「イスラムフォビア」という言葉があります。「ゼノフォビア(外国人嫌悪)」と同じような使い方で、「イスラム教徒に対する嫌悪、反イスラムの感情」ということです。

 今回の事態の中で、欧米では、ユダヤ人に代わって、イスラム教徒が新たな排除の対象となったのです。

イスラエルやドイツに抗議するトルコのエルドアン大統領

 ハマスによるテロ攻撃の翌月、2023年11月に、トルコのエルドアン大統領とドイツのショルツ首相が会談しました。この時、エルドアン大統領はショルツ首相にこう言いました。「ドイツはホロコーストの歴史があるからイスラエルの非人道的な攻撃を非難できないんだろう。ドイツは、ふた言目には『反ユダヤ主義を否定する』と言うけれども、ちょっと待ってくれ。反ユダヤ主義の歴史はヨーロッパの歴史であり、ヨーロッパの問題だ。そして、ハマスをテロ組織と言うなら、イスラエルはテロ国家だ」と。

 トルコは「ハマスは解放の戦士である」と、英語の「レジスタンス・ファイター」に当たる言い方をしていて、そのスタンスは欧米諸国と全く相容れませんが、トルコはハマスをテロ組織とは捉えておりません。

 その点は我々とはかなり違うのですが、重要なのは、トルコやイスラム圏、中東の立場から見ても、「反ユダヤ主義の歴史はヨーロッパの歴史の問題であって、自分たちの問題ではない」と言っている点です。

 別の機会にエルドアン大統領は演説で「ヨーロッパ諸国は非常に脆弱な中東の秩序を、好き勝手に壊してきた。そうやって壊して、そのツケはみんな中東に負わせてきたんだ」と言っています。最後に壊したのはヨーロッパではなく、アメリカが2003年にイラク戦争を起こしたことですが。

パレスチナ問題の原因はイギリスが作った

 パレスチナの問題も同じことで、発端は言うまでもなく、今から100年以上前の1917年にイギリスがシオニスト*の団体に対して、「あなたたちがこのパレスチナに『ユダヤ民族の郷土』を作ろうというなら、大英帝国は惜しみなく支援する」ということを言った「バルフォア宣言」に端を発しているんです。

*シオニスト:旧約聖書に登場するシオン(エルサレム)に帰還し、自分たちの国を作ろうというユダヤ人たちの運動をシオニズムと呼び、それに参加・賛同する人々をシオニストと呼ぶ。

 もちろんイギリスは本気じゃありません。後ろから乗り込んで、エルサレムを含め、あの地域を支配しようとしたんですが、ヨーロッパでホロコーストの悲劇に見舞われたユダヤ人たちは、もうイギリスの言うことなど聞かなかった。結果的にどんどん入植を進めて、イギリスは第二次世界大戦後、諦めた。でもその歴史を作ったのはイギリスであり、当時、中東地域の分割を企てたのはイギリスとフランスです。バルフォア宣言の1年前の1916年、マーク・サイクスというイギリスのスパイとジョルジュ・ピコというフランスのスパイが「サイクス・ピコ秘密協定」を結び、中東の地図に線を引いて、「ここはイギリスのものだ、こっちはフランスのものだ」と線引きをやったのです。

 もう一つは、その1年前の1915年、イギリスがアラブの太守(王様)に、「オスマン帝国と戦ってくれたら、アラブ人の国を作ってやる」と言ってだました「フサイン・マクマホン書簡」と呼ばれるものです。

 この3つとも、すべてイギリスが発端です。ナチスによるホロコーストで、ユダヤ人がヨーロッパから大量に脱出させる原因を作ったという意味では、ドイツにも大きな責任がありますが。

 ですからイギリス、フランス、ドイツといったヨーロッパの国々が現代の中東問題の発端を作ったのだ、という意味で、エルドアン大統領の主張は正しいと言えるでしょう。

2008年にもエルドアンはイスラエル大統領に抗議した

 しかし、「ガザ問題に関してトルコは非常に威勢のいいことを言ってるが、トルコは民主化に大変問題がある国じゃないか」と欧米諸国から言われます。もちろん問題はあります。私はトルコが専門ですから、どういう問題があるかもよく知っています。

 けれどもガザの問題に関する限り、トルコの姿勢は一貫していたんです。

 まず2009年1月のダボス会議*。前年の2008年12月に、ハマスがロケット弾を撃ち込んで、それに対してイスラエルが強烈に反撃して、地上部隊をガザに侵攻させました。「ハマスが1発撃つとイスラエルは100発撃ち返す」とよく言われます。そして、そのときも多くの犠牲が出て、このダボス会議で、緊急にガザ問題のパネル・ディスカッションが開かれたのです。

*ダボス会議:「世界経済フォーラム」という世界中のエコノミストや経済界のリーダーが集まる会議で、スイスのダボスで開催。

2009年1月29日、ダボス会議でシモン・ペレスを批判するエルドアン。写真AP/アフロ

 この時、当時トルコの首相だったエルドアンの隣にいたのはイスラエルのシモン・ペレス大統領でした。彼に向かってエルドアンはこう言いました。「あなたの演説はずいぶん声のトーンが高い。人間、後ろめたいことがあると声のトーンが高くなるものだ。あなた方は人殺しの仕方をよく御存じだ。我々は貴国イスラエルが、ガザの浜辺で遊んでいた子供たちをどのように撃ち殺したのか、よく知っている。イスラエルの首相経験者(名前は言わなかったんですが)2人が私に、『戦車に乗り込んでガザに踏み込むのは格別幸せな気分だった』と語ったよ」と。こういう話をダボス会議の席上で、ペレスに向かって暴露したんです。

 もしも欧米圏の政治家がこんなことを言ったら、「反ユダヤ主義だ」と言われて政治生命が終わるところでしょう。しかしエルドアンが言った内容は、全て事実でした。ですからエルドアンは何も非難を受けなかったのです。

 イスラエル側も、これを全部トルコ側に知られているので、困ってしまった。

 ただ、その後、エルドアンは「自分に十分にしゃべらせない」という理由で席を蹴って会議場を出て行ってしまったのですが……。

NGOの支援船へのイスラエル軍の攻撃

 その翌年、2010年にはマーヴィー・マルマラ号事件が起きます。マーヴィーというのはトルコ語で「青い」という意味で、「青いマルマラ海」号というNGOの支援船です。これが、イスラエルに封鎖されていたガザへの支援物資や支援活動のスタッフを載せて、海からガザを目指していました。しかしこの船を、公海上でイスラエル海軍が襲撃したのです。この船にはトルコのNGOだけでなく、ヨーロッパのNGOも乗っていました。トルコ人9人を含む10人の活動家が、そこで殺されます。その結果、トルコとイスラエルは外交関係が悪化し、国交断絶まではいかなかったものの、大使を呼び戻し、下級の外交官だけを送るという外交関係の引き下げをしました。その後2013年に、当時のオバマ大統領の仲介で、ネタニヤフが謝罪して賠償金を払いました。

 そして2023年10月以降、エルドアン大統領は非常に厳しいスタンスでイスラエルを批判し、ハマスを擁護し、パレスチナを擁護しています。

 これだけ明確にイスラエルを批判し、ハマスを擁護すると言っている国は、実はトルコだけです。他のアラブ諸国はイスラエル非難については同調していますが、ハマス擁護はしません。トルコ以外でハマスを非難しないのはカタールだけです。

 トルコはこれまで通商関係では、いろいろもめても商売は別だということで、2023年の時点で輸出入合計で約70億ドルの取引がイスラエルとの間にありました。しかしそれをつい最近、5月2日にイスラエルとの全ての通商関係を断絶する、ということをトルコの商務省が宣言しました。

ハマスが生まれた経緯

 ガザにとってハマスとは何か? 本にも書きましたが、言うまでもなくパレスチナ問題自体は、イスラエルが無理やり建国してしまった1948年に始まっています。このときのことをパレスチナでは「ナクバ(大災厄)」と呼びます。

 そして1967年の第三次中東戦争でパレスチナは領域のほとんどを奪われます。そしてその20年後の1987年にハマスという組織が生まれます。アラビア語で「ハラカ・アルムカーワマ・アルイスラミーア」つまり「イスラム抵抗運動」という意味です。

 注目すべきはパレスチナ問題が始まってから40年もたってから、イスラムの抵抗運動としてのハマスが出たことです。それより前もパレスチナでの抵抗運動はありますが、これは宗教色のないPLO(パレスチナ解放機構)がやってきた。しかし、そういう宗教色のない組織に頼っても、らちがあかなかった結果、最後の最後に民衆はイスラムに答えを求めていった、ということになるのです。というのは2006年の立法評議会(パレスチナの国会のようなもの)の選挙で、ハマスが勝利したからです。

 この前年にイスラエルは占領していたガザから一旦撤退していました。そして選挙に勝ったハマスは、それまでパレスチナ自治政府を率いていたアッバース議長らファタハ(PLOの後継)をガザから2007年に追い出してガザを実効支配しました。しかしこれによってガザは完全に孤立したのです。アメリカやEUはハマスをテロ組織に指定していたからです。

 ただし、トルコ、カタールはテロ組織として指定せず。ですから、現在、カタールにハマスの政治部門の長であるハニヤがいるのは、そのためです。

 その後、2008年、2009年の衝突、2010年にはマーヴィー・マルマラ号事件、2014年にもイスラエルと衝突、2021年にもイスラエルと衝突、そして2023年に今回の最も大規模な越境攻撃を行い、イスラエルは即日、猛反撃に出て今日に至るというわけです。

何を「テロ」と呼ぶべきか?

 私は、ハマスが10月7日にやったことはテロ行為だと思います。ただし私は「テロ」という言葉を使うときには、被害者の立場からしか使いません。被害を受けた人たちにとっては、何の悪意もなく過ごしているところに突然攻撃が行なわれて、愛する肉親を奪われる、自分の命も奪われる、拉致される、これは、どう見ても本来の「恐怖」という意味のテロですから、ハマスがやったことはテロだと思う。その意味でハマスをテロ組織と呼ぶことはできます。

 しかし、その後にイスラエルという国家がやってきたことは、同じようにテロです。犠牲者の数からいえば、はるかに多いわけですし、犠牲者の多くが女性と子供なのです。どう考えてもハマスの戦闘員ではない人たちを「コラテラルダメージ」、つまり「避けられない犠牲」とか「付随する犠牲」などと言って済ませられるものではありません。その状態がずっと続いているのです。

 1987年にハマスができて、ハマスが選挙で実権を取ったのは2007年ですから、20年近くたっています。1948年のイスラエル建国によってパレスチナ問題が発生してから数えれば60年たっているんです。「じゃあ、その60年の間、国際社会はなぜ放置したんだ?」と。それが根本的な責任として問われる、ということは、今日申し上げておきたいことの一つです。(第3回に続く)

1 2
 前の回へ
次の回へ 

関連書籍

自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード

プロフィール

内藤正典

(ないとう まさのり)

1956年東京都生まれ。同志社大学大学院教授。一橋大学名誉教授。中東研究、欧州の移民社会研究。『限界の現代史』『プロパガンダ戦争』(集英社新書)、『トルコ』(岩波新書)他多数。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

本来反ユダヤだったはずの欧州の極右は、なぜイスラエルを支援するのか?