対談

外国人労働者政策、新型コロナ問題 「自分は知らなかった、何の罪もない」という人が変わる時、日本社会は大きく変わる

姜尚中氏×鳥井一平氏(移住連代表理事)対談 【後編】
姜尚中 × 鳥井一平

「知らなかった」で済ませてはいけない

 これはどこの国もそうだと思いますが、「自分たちの住んでいる国はいい国だ」と思いたいのは人情です。でも、あまりにもそれが行き過ぎて、ホメてくれる人ばかりを待ち望んで、そういう声にばかり耳を傾けるような流れはマズいと思います。さすがに今回の新型コロナ禍で、少しはそれがなくなっているかもしれませんが。

 明治の文豪・夏目漱石は当時、「大和魂」ということばがもてはやされていることに対して、「東郷大将が大和魂を有(も)っている。肴(さかな)屋の銀さんも大和魂を有っている。詐偽師、山師、人殺しも大和魂を有っている」「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰も遇(あ)った者がない。大和魂はそれ天狗の類か」と『吾輩は猫である』の中で書いています。

 そういう「ニッポンすごい」と思いたがってしまうところは、漱石の生きた明治から変わってないと思います。夜郎自大的に自分自身を褒めそやして悦に入る。でももう、そういうことをしている状況ではないと思います。率直にいろんな問題点に目を向けて、可視化できるものは可視化する必要があります。

 でも日本の場合、アメリカと違って、問題点を可視化することに、まず膨大なエネルギーが必要です。

鳥井 そうですね。

 ええ。だから、自分がイノセントだと思っている読者は「知らなかった」というのです。

 でも僕は、「それは本当かな?」と思います。コンビニに行けば、外国人の方が普通の日本人以上に働いていたり、一所懸命お金を数えたりしている。地方でも、そういう姿に出くわすはずなんですよ。なぜそういうのを「見えない」ことにしちゃうのかと思うんです。

 もう一つ重要なことは、外国人として来ている人たちがアッパー層とボトム層に分かれるとすると、その間にある膨大な中間層、これが普通の日本人だと思います。その人たちの多くは善意の人たちです。悪意があるわけでも何でもない。その中で、鳥井さんをはじめとして、地域で頑張っている人がたくさんいる。その膨大な中間層の人たちは、マスメディアが相手にしている人たちで、やっぱり、その人たちが動くことによって、政治は変わると思うんです。

 だから、「知らない」というふうには、実は言えないはずなんです。こういう状況があるのに、「知らない」という一言で通過してしまう。そこを何とか変えたいと思います。

鳥井 そうですね。選挙って、国会議員にしろ地方の議員にしろ、投票ができない人、外国人だけじゃないんですけども、投票行動ができない人のことに思いを寄せることができるかどうかというのが、政治家の資質として一番問われていると私は思うんです。この地域、この社会の中にそういう投票ができない人々がいることに思いをはせることができるかどうか、イメージできるかどうか。確かに、選挙は勝たなければいけませんから、投票する有権者、ということも考えなきゃいけないんですけども。

 私たちが国会議員の中でも付き合える人というのは、そういうことに気持ちをはせている人たちです。

 三重県の中川正春さんが、選挙期間中に選挙カーで、「移民基本法」という言葉を口にしたんです。それを地元で堂々と言うのは、すごく大変なことなんです。投票者から嫌われるかもしれないですから。「でも、そうじゃないんだ」と。「今の社会には、日本人にとっても、移民基本法というのはすごく大切なことなんだ」ということを正面切って、彼は言っていたんですね。これには驚きました。

 たとえば、労働組合の組合員にも、実は保守的な人間も多くて、労働組合のメインストリームの人たちは外国人労働者受入れに関しては、長い間、保守的でした。

 でも中川さんは、そういうことをハッキリと言える政治家で。そういう政治家を、逆に私たちが作っていくことができるのか、と思います。

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プロフィール

姜尚中 × 鳥井一平
 
 
 
姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。鎮西学院学院長。熊本県立劇場理事長兼館長。 著書は累計100万部超のベストセラー『悩む力』とその続編『続・悩む力』『母の教え 10年後の「悩む力」』のほか、 『ナショナリズム』『姜尚中の政治学入門』『ニッポン・サバイバル』『増補版 日朝関係の克服』『在日』、 『リーダーは半歩前を歩け』『あなたは誰? 私はここにいる』『心の力』『悪の力』『漱石のことば』『維新の影』など多数。 小説作品に、いずれも累計30万部超の『母―オモニ―』『心』がある。

 

鳥井 一平(とりい いっぺい)

1953年、大阪府生まれ。特定非営利活動法人移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)代表理事。 全統一労働組合外国人労働者分会の結成を経て、1993年の外国人春闘を組織化し、以降の一連の長き外国人労働者サポート活動が評価され、2013年にアメリカ国務省より「人身売買と闘うヒーロー」として日本人として初めて選出、表彰される。

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