対談

外国人労働者・在日を「ここにいるのに見えない人」扱いする政策の問題

姜尚中氏×鳥井一平氏(移住連代表理事)対談 【前編】
姜尚中 × 鳥井一平

厚生労働省によれば、日本にいる外国人労働者は2019年10月末の時点で165万8千人超。7月24日(金)放送の星野源と綾野剛主演の刑事ドラマ『MIU404』第5話でも外国人労働者問題が取り上げられて話題になったが、この国に「ジャパニーズ・ドリーム」を求めてやってきた彼ら彼女らの中には、「残業代の時給が300円」だったり、2年間で1日も休みがないという奴隷のような生活を強いられている人たちが大勢いる。

そんな外国人労働者を30年近く支援し続けてきたのがNPO法人「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」代表理事の鳥井一平氏だ。

6月に『国家と移民 外国人労働者と日本の未来』を上梓した鳥井氏と、100万部超のベストセラー『悩む力』の著者で、5月に『朝鮮半島と日本の未来』を上梓した姜尚中氏がオンライン対談。「外国人労働者とは誰か」「様々なルーツの人たちと作る日本」について、たっぷり語った。

文・構成=稲垣 收  写真提供=三好妙心(姜尚中)、岩根愛(鳥井一平)

 

最初の出会いは26年前

――鳥井さんと姜先生は旧知の間柄だそうですが、最初に知り合われたきっかけは?

鳥井 1994年1月に箱根湯本で、私が専従オルグだった全統一労働組合の春闘討論集会の際に、姜尚中さんに講演をしていただきました。私は、この本の中にも書きましたが、その前月にガソリンをかけられ火をつけられて、全身に大やけどを負って入院してしまったんですが、「姜さんに何としてもお会いしたい」と思い、病院に特別に外出許可をもらって、車椅子で箱根まで行ったんです。そのときにお会いしたのが最初です。

 ああ、そうでしたね。もう25年以上前になるんですね。

鳥井 ええ。その講演の中で姜さんは、ある経営者団体が「これからの労働力というのは女性と高齢者、そして外国人になるだろう」と言っているんだと、すでに言われてました。

 「女・老・外」が増えるだろう、その3番目の「外=外国人」、これがかなり中核になるのではないか、と。これは経団連のかなり中枢の人から聞いた話だったんです。

 あれから約25年たって、ますます外国人の問題がクローズアップされてきました。外国人の問題、というより日本社会の受入れの問題なんですけど……。

 そして、高齢者を巡る様々な出来事や、「一億総活躍社会」とか「女性が輝く社会」というような、歯の浮くようなスローガンもいっぱい出てきました。この3つのグループとしてくくられる人たちの状況が、この25年でどのぐらい改善されたかを考えると、大きく首をかしげたくなる、これが実情ですね。

鳥井 おっしゃるとおりです。初めてお会いしたときから約25年たって、そういう状況が次の段階に入るのかどうか、今がまさにそういう時だろうと思います。

 そうですね。考えてみると、あれは阪神・淡路大震災の1年前だったんですね。その頃オウム真理教の事件も起きたり。で、1997年には拓銀(北海道拓殖銀行)や山一證券の経営破綻をはじめ完全にクラッシュが起きるわけですね。20世紀末の日本にそういう非常に大きなショックがドカンドカンと起きて、車でいうと、ブレーキをドンと踏まざるを得ない状況になった。94年というのはその先駆け的な時だと思います。その頃から、鳥井さんは長きにわたって本当に頑張ってこられた。外国人労働者の現場を、日本で一番よく知っていらっしゃる方だと思うんです。

 でも、僕もこんなに悪くなるとは思っていなかったですね。もっと社会が開けていくのかな、という淡い期待を持っていました。

鳥井 私もです。淡い期待を持っていました。

地方で芽生えつつあった「共生社会」がリーマンショック、安倍政権で頓挫

 僕の原点は、言ってみれば、80年代半ばの指紋押捺の問題です(注:1985年に日弁連が外国人指紋押捺は外国人に対する差別であり、外国人登録法は改正すべきだ、と決議した)。それから10年後に鳥井さんから呼ばれて、箱根の湯本で「女・老・外」の「外」の項目について話をすることになったわけです。

 私自身はやっぱり日本の良さは地方にあると思っていて、地方の中で外国人とか、障害者の方とか、年齢の違いとか、男女の違いを超えて、みんながそこで共生していく「共生社会」みたいな考えが地域主義からずいぶん出てきた時代だったんですよね。

 しかしそれが、どんどんしぼんでいって、平成になってくると、もう一気呵成に……。そして2008年にリーマンショックが起きると、「背に腹は代えられない」と言うか、弱肉強食のような、すごい時代になってしまいました。鳥井さんは現場をよく知られているので、この本の中でもその辺りについて、かなり触れられていますけど。

鳥井 姜さんがおっしゃったように、ほのかな期待というのは、ずっとあったんですよね。現場でも、そういう雰囲気は、あることはあったんです。そういうほのかな期待の象徴が、民主党政権だったと思うんです。

 はい。

鳥井 ところが、その民主党政権のところで大きく頓挫してしまったと言うか……で、安倍政権が出てきてしまった。これで10年ぐらい逆行したと感じています。2011年の東日本大震災があって、原発の問題も出て……。いわゆる経済成長をやってきた結果としての様々な問題が出た。そこから「さて、次に行こうか」というのを、安倍政権がグッと抑えにきたという実感です。

 だから実はこの移民、外国人労働者に関しても、自民党政権下であってもずっと、毎年平均7千人以上に在留特別許可が出ていたんですが、安倍政権になってガタッと減っているんです。そして基本的に、オーバーステイの外国人労働者は入管の収容所に長期収容したり、強制送還するという方針できています。

 安倍政権の下で「この社会の中に様々な人が包摂されながら社会を作っていく」ということとは違った方向になってしまったな、と思いますね。安倍政権の手前までは、かなりほのかな期待と言うか、「変わる時が来たかな」という感じもあったんです。経営者団体も含めて何か言葉が通じる、と言うか。

姜 うん、そうでした。

鳥井 でもその部分は、安倍政権下では非常に逆行している感じがします。

 先ほど「女・老・外」の話をしたんですが、僕のような人間がトヨタ財団で地域社会プログラムを作っていたわけですからね。僕は地域社会プログラムじゃないと駄目だという話をしました。それは高齢者や、あるいは障害のある方々、あるいは僕のような在日定住外国人、その後から日本にやってきたニューカマー(*1)、そういういろんな方々を包摂するというか、社会の中でみんながどこかに居場所があって、それぞれが正業を営んだりしながら、お互いを支え合っていく、そういう社会が来ればいいじゃないか、と。

 たとえば外国から来た人たちを邪険に扱えば扱うほど、その人たちも「どうせここは一過性の腰かけで来た場所だ」というふうに刹那的に考えるようになってしまって、社会に対する責任感も持てなくなるでしょうし。

 僕は20歳ぐらいのときは、日本の社会がよく見えなかったんですね。けっきょく学生で、あの時代にしては、いろんな場所を自分で単身者として移動できますし、大学院に入っても、社会に定着していない。そのくせ頭でっかちで、国家だの社会だのという大づかみの話ばっかりやっていて、仲間内で意気投合するような……。

 ところが所帯を持って、埼玉のある社会に住んでみたら、いろんな人々が地域社会にいると。そこで初めて僕は、日本と出会ったと思うんです。その出会いによって「これがやっぱり生きているということなんだ」と感じました。

 この本の中で鳥井さんも書いてらっしゃるとおり、「外国人」と聞いただけで、そこで思考停止になって、ステレオタイプな捉え方をしてしまう。とりわけ非欧米系の外国人に対して、その傾向が強いです。こういう事態は、やっぱり変えなきゃいけない。そういう問題に関心を持った人は、官僚や経営者の中にも、与党の中にもいらっしゃったんですよね。

*1 ニューカマー:日本が植民地として支配していた地域から、戦前戦中に連れてこられた人たちを「オールドカマー」と言うのに対し、1980年代以降に来日し長期滞在する人たちのことを指す

鳥井 ええ。

 どうして日本の社会がこんなになりふり構わず、余裕がない社会になってきてしまったんだろうか、というところは、今回の鳥井さんの本の中でも、非常によくにじみ出ていて、同感することが多かったです。

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プロフィール

姜尚中 × 鳥井一平
 
 
 
姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。鎮西学院学院長。熊本県立劇場理事長兼館長。 著書は累計100万部超のベストセラー『悩む力』とその続編『続・悩む力』『母の教え 10年後の「悩む力」』のほか、 『ナショナリズム』『姜尚中の政治学入門』『ニッポン・サバイバル』『増補版 日朝関係の克服』『在日』、 『リーダーは半歩前を歩け』『あなたは誰? 私はここにいる』『心の力』『悪の力』『漱石のことば』『維新の影』など多数。 小説作品に、いずれも累計30万部超の『母―オモニ―』『心』がある。

 

鳥井 一平(とりい いっぺい)

1953年、大阪府生まれ。特定非営利活動法人移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)代表理事。 全統一労働組合外国人労働者分会の結成を経て、1993年の外国人春闘を組織化し、以降の一連の長き外国人労働者サポート活動が評価され、2013年にアメリカ国務省より「人身売買と闘うヒーロー」として日本人として初めて選出、表彰される。

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