著者インタビュー

日本近代の〝記憶の痕跡〟をたどる

『維新の影  近代日本一五〇年、思索の旅』刊行記念インタビュー
姜尚中

─―本の中で、「私は何を得、何を失ったのか。この問いは、戦後の日本は何を得、何を失ったのか、さらに近代日本は何を得、何を失ったのか、という、より根源的な問いへと私を誘うことになった」と書かれています。

 近代日本は何を築き上げて、何を失ったのかということを考えるときに、やはりインフラストラクチュラル・パワーというものが重要な位置を占めている。最初、この問題をどう扱えばいいのかと迷ったのですが、道路や鉄道という交通・流通のインフラと、もう一つは、国家イベントとしての大阪万博を取り上げました。

万博が開かれた七〇年には、ほとんど関心がなかったのですが、あの万博の跡地に行ってみて、いろいろ感じるところがあったし、自分の経験したことと一つ一つのテーマをつなぎ合わせていくことで、やはり国というものが見えてくることもわかりました。

これまでは、どこか、日本というものをひと括りにして見ていた部分があったのですが、今回各地を実際に歩いてみたことでそれぞれの、風景、空気、においといったものも感知し得たし、日本という塊がかなり分節化され、そこを見ていくことができたのは、よかったと思います。

なにより大きいのは、五〇年前の明治一〇〇年では、明治維新の記憶がまだ体感的にも残っていたので、そのときには文献だけでも思想史を書くことができた。ところがそこから五〇年たったいまでは、かつての記憶の痕跡をたどって再構成し、その場所の共鳴なり共振をすくいとらなければならない。そういう思いもあって、この仕事がスタートして、一年半、もう寝る間も惜しんで……(笑)。

もう一つ、年齢的なこともありますね。若いときには、どうしても観念的なことが先走って、日本に対しても非常にアンビバレントな感情を抱いていて、客観的に捉えることができなかった。それが、ある年齢からだんだん変わってきて、自分の生まれ育った場所である日本と父祖の血である韓国とをかなり客観的に見ることができるようになった。そういう大きな変化が起きたきっかけは、やはり日本からも韓国からも離れて、旧西ドイツに行ったことです。つまり、歴史家の良知力(らちちから)さんの『向う岸からの世界史』ではないですけど、向こう岸から東アジアを見ることで、自分の見方が変わりました。帰国後、改めて、日本という国の地域性、多様性が見えてきたし、加えて、韓国の歴史を向こう岸から見ることもできた。そうした契機がなかったら、日本の歴史にこういう形でコミットできなかっただろうと思います。

それに、今回の本は、取材でいろいろな話をしてくださった人たちがいなければ成り立たなかったもので、文字通り、彼らとの合作だと思っています。足尾でお会いした田中正造大学の方、水俣での語り部の二代目になられた方、神戸新聞の記者、それから沖縄タイムスの方……、その御礼も込めて、皆さんをお呼びして出版記念会を開きたいですね。

 

「青春と読書」2018年2月号より転載

聞き手・構成:増子信一/撮影:HAL KUZUYA

●『維新の影 近代日本一五〇年、思索の旅』(集英社単行本) 2018年1月26日発売(本体1,400円+税)

 

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プロフィール

姜尚中

政治学者。東京大学名誉教授。鎮西学院学院長。熊本県立劇場館長兼理事長。1950年熊本生まれ専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『漱石のことば』『朝鮮半島と日本の未来』(いずれも集英社新書)など多数。また、小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

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