対談

ウクライナ侵攻が浮き彫りにしたグローバル・サウスとノースの分断をなくすには

大庭三枝×別府正一郎

世界中で広がる偽情報と家父長的リーダーシップ

別府 今の話で思ったのですが、「あのイラク戦争は何だったんだ」「あの植民地支配は何だったんだ」という気持ち、英語で言う“sentiment”(センチメント)、これはどう訳せばいいんでしょう。

大庭 「感情的怒り」のような心情ですね。

別府 私は2018年から今年1月まで4年半、南アフリカのヨハネスブルクに駐在してアフリカを現地で取材しましたが、特にウクライナ侵攻への受け止めにおいて、そのセンチメントが非常に強いと感じました。特に南アフリカで興味深かったのは、現地の政治学者が「若い世代ほどその感情が強い」と言っていたことでした。たとえば、植民地支配やアパルトヘイトの支配に対するセンチメントは、それを経験してない若い世代の方がむしろ強いという現象は、どう理解すればいいんでしょうか。

大庭 本当に明日の食べ物も得られないほどに生活に困って虐げられている人々は、自分の置かれている状況を客観的に見ることが、たぶんできないのではないでしょうか。革命家はしばしばインテリや富裕層から出てくる、というのはまさしくそういうことで、大きい構造の中で自分たちはこんな目に遭っている、と世界を捉える力を獲得するには、ある程度の余裕と知識と教育程度が必要ですよね。
 主権国家としていろいろ不備なところはあっても、近代化の過程をくぐると、それなりに知識が積み重なっていく。そして、それがわかる世代も出てくる。そうすると、彼らが今の自分たち、すなわちアフリカの厳しい状況の淵源はどこにあるのだろう、と考えたときに、「やはり植民地として支配されていたからだ」というところに求める度合いが大きいのではないでしょうか。実際に、アフリカでは外国勢力が可視化される機会が多いだろうと思います。フランス領だったところは今でも通貨単位がフランだったり、欧米の多国籍企業が自国内で展開していたり、というふうに。

大庭三枝(おおば みえ) 神奈川大学法学部・法学研究科教授(国際政治学・アジア政治)。国際基督教大学卒業後、東京大学大学院において修士および博士課程修了、博士(学術)。ハーバード大学客員研究員、東京理科大学教授などを経て、現職。著書に『アジア太平洋地域形成への道程――境界国家日豪のアイデンティティ模索と地域主義』(ミネルヴァ書房、2004年)『重層的地域としてのアジア――対立と共存の構図』(有斐閣、2014年)

別府 公用語でも残っています。フランス領だったところはフランス語ですし。

大庭 そんなふうに可視化された植民地支配の残滓を、遺産としてではなく足かせとして捉える知識はあるけれども、状況は依然として厳しいのでしょうね。国家として発展し、ある程度状況が安定して人々がそれなりに満足する状況になれば、過去についての怒りの感情も薄らぐのではないか。それがいいか悪いかは別として。 
 たとえばインドネシアでは、「自分たちを植民地支配していたオランダ人が許せない」というセンチメントは、かつてはあったでしょうが、そうした感情が現実の政治を動かす言説として機能する時代ではもはやないと感じます。もちろんそういう心情が一部残っているところはあるでしょうし、政治家たちが修辞的にこのロジックを使うことはあるでしょう。また最近だと、ロシアのフェイクニュースが蔓延していて、ロシア寄りの一般市民も多いらしいんですが、それは植民地支配云々と言うより、「アメリカは信用できない」「イラク戦争は何だったんだ」「アフガニスタンを混乱させるだけさせて、自分たちは撤退したじゃないか」といったもっと最近の出来事に対する批判に起因している印象です。
 インドネシアとアフリカ諸国の違いは、たぶん、今置かれている状況の違いなのだと思います。自分たちの置かれた構造的な位置づけを理解する知識はあれども状況はまだ厳しいときに、その責任を過去において他者によって味わわされた悲惨な体験に求めるのはありえることでしょうから。

別府 アフリカと東南アジアの違いが興味深いと思いました。南アフリカの研究者の話では、やはりスマホが多くの人の手に入るようになったことが大きい、と言うんですね。

大庭 あ、そうかもしれません。

別府 その研究者は、スマホによって情報のフローが前の世代とは明らかに違う形になっていて、知識が増えることと、スマホを通して溢れるような玉石混淆の情報に触れることは、ちょっと意味が違うだろう、という批判的な指摘をしていました。

大庭 それはとてもよくわかります。

別府 その研究者の話を聞きながら、玉石混淆の情報シャワーを浴びているのはアフリカの人々だけではないな、と思いました。

大庭 識字率が高くなければ、そのような状況は発生しませんよね。日本人はそもそも、近代化する以前から識字率がわりと高かったようですが、よく考えてみればSDGsが普及する前のMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標。2000年9月に国連ミレニアム・サミットで採択された国連ミレニアム宣言を基にまとめられた指標)でも、識字率向上が重視されているわけです。
 そう考えると、それぞれの国で教育水準はそれなりに向上したのかもしれない。だから、今はそれなりに文字を読める。だけど、文字を読めたとしても、良い情報と悪い情報を分ける作業はさらに高度な能力が要求されます。これは日本に限らずどこの先進国でも発生している問題でしょうね。

別府 日本を含め世界各地でデジタル時代の課題として指摘されています。

大庭 Qアノンのような、あんな稚拙な陰謀論を、さも「オレは他人よりも真実を知っているんだ」みたいに語る人々が多く存在する現象は、先進国にもありますからね。だから、情報シャワーにどう対応するか、ということは世界的な課題かもしれません。

別府 溢れんばかりの玉石混淆の情報の中には、やはり意図的なディスインフォメーション(偽情報)があることもわかってきています。しかもこのディスインフォメーションは、大庭先生が先ほどおっしゃった、植民地主義であれ、戦争であれ、直近のアメリカの外交政策であれ、そういったものにつきまとう不信感や反感といったセンチメントを、実に巧みに突いてくるんですね。

大庭 そうなんです。全部がウソというわけではなく、真実の中に非常にピンポイントに大事な嘘を混ぜてくる。だから、そのあたりはものすごく意図的ですよね。

別府 要するに、一面の真実をうまく誇張するわけです。だから、全くのウソというわけではない。マリのインフルエンサーの人が言っていた話があって、これは7月下旬にあったニジェールのクーデターでも同じことが起きているんだと思うのですが、「フランスは植民地支配を経て、今も自分たちの好きなようにしている。決してアフリカを対等とは見ていない。だから、我々はそれにノーと言うんだ」と。そして、「でも、ロシアは対等なウィンウィンのパートナーとして我々に接してくれる」と言うんです。
 話の後半の、ロシアとウィンウィンのパートナーという部分については首を傾げたんですが、前半部分の、「フランスは植民地政策で自分たちに都合のいいことをした」とか、「今もアフリカを差別的に見ている」という部分は、これは残念ながら真実ですよね。もちろん状況を改善しようと様々な努力も続けられていますが、一方で、なかなか改まらないフランスの人種差別という事実を突いたうえで、巧みなウソをドーンと交えてくるように思うんですが、東南アジアでも、一定の真実の中にディスインフォメーションが混ざった情報が流布するという、似たようなことが起きているんでしょうか?

大庭 そうだと思います。私が聞いた限りでは、東南アジアにおけるディスインフォメーションにおいて活用されている過去の出来事として大きいのは、イラク戦争じゃないでしょうか。
 インドネシアやマレーシアはムスリムが多いので、アメリカがイスラム教徒に何をしたか見ているんです。またその少し前、2001年のアメリカ同時多発テロの頃から、明らかに東南アジアではイスラム原理主義の影響力がぐっと増えていきました。世俗化したムスリムで飲酒もしていたのに、急にお酒を飲まない人々が増えるとか、あるいはブルカを被る女性が若い世代ほど増えてくるとか、アイデンティティの拠り所を西洋的な近代化ではなく、むしろ伝統的なイスラムのほうに求めることがインドネシアとマレーシアで強まっていくんです。
 2002年には、バリでも同じようなテロ事件がありましたよね。あの例が示すように、どこの国でも、現行の国際秩序の中でイスラム教徒が受けていた扱いへの関心が高まっていた印象があります。
 もうひとつ、ロシア寄りの心情ということについては、マッチョ好きな文化のようなものも関連しているかもしれません。たとえば、プーチンという人はおそらく「そうありたい自分」というものをずっとセルフプロデュースしてきた。裸で筋肉を見せびらかしたり、馬に乗って、アクティブに動いて、強そう。そういった「若さ」と「男らしさ」を強調してきましたよね。一般の人々の間でも、そうしたマスキュリンなものを好む文化というものも、実は影響しているのかもしれません。

別府 私は、アメリカ、中東、アフリカに駐在し、学生時代はフランスに留学していましたが、ヨーロッパでも、とにかく世界各地で「家父長制」の文化は根強いと感じています。もちろん、個々人によって違うし、場所によっても違うし、安易な一般化はできませんし、さらに、そうした状況については変わるべきだとの声もありますが、現実問題として、根強いように感じます。

大庭 強いと思います。強い男が好きな文化というのは実は女性の方にもあって、たとえばフィリピンのドゥテルテ前大統領って、一般の女性に人気があったと言われています。
 いろんな国々で〈民主主義の後退〉が言われるなかで、ああいう人たちが支持されるのは、どっちが卵でどっちが鶏かわからないんですが、シンボル的な人間に権限が集中、あるいは権限を集中させたいとする動きがあるときに、その人物はやはり「男性性」を大きく出してくる、ということは感じますね。
 習近平もそうですよね。あの頑固なまでの強さ、みたいなところが一般の人にウケていて、それに比べると胡錦濤は軟弱な印象で受けが悪かった、ということを中国の方から聞いたことがありました。ドナルド・トランプも「男性性」を打ち出してますよね。
 そういうリーダー像って古臭いんですが、少々乱暴で口が汚くてもいいからリーダーシップを取ってくれそうな人物に惹かれる、という心情も、今一部で見られるロシアびいきのおおもとにあるのかもしれないと感じています。

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プロフィール

大庭三枝

(おおば みえ)
神奈川大学法学部・法学研究科教授(国際政治学・アジア政治)。国際基督教大学卒業後、東京大学大学院において修士および博士課程修了、博士(学術)。ハーバード大学客員研究員、東京理科大学教授などを経て、現職。著書に『アジア太平洋地域形成への道程――境界国家日豪のアイデンティティ模索と地域主義』(ミネルヴァ書房、2004年)『重層的地域としてのアジア――対立と共存の構図』(有斐閣、2014年)

別府正一郎

(べっぷ しょういちろう)
報道記者。京都大学法学部卒業後NHK入局。カイロ、ニューヨーク、ドバイ、ヨハネスブルクでの特派員を経て、2023年1月からNHK総合「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター。著書に『ルポ 終わらない戦争 イラク戦争後の中東』(岩波書店)、『ルポ 過激派組織IS ジハーディストを追う』(共著、NHK出版)、『アフリカ 人類の未来を握る大陸』(集英社新書)。

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