対談

ウクライナ侵攻が浮き彫りにしたグローバル・サウスとノースの分断をなくすには

大庭三枝×別府正一郎

日本の西洋観は明治の脱亜入欧から変わっていない!

別府 これは素朴な疑問なんですが、西欧的なものに対する漠然とした憧れは、世界的に昔よりも下がってきていると思いますか。私は日本に帰国して半年ぐらい経つんですが、相変わらず欧米崇拝の〈出羽守〉が強いな、ということを感じる場面がいくつかありました。

別府正一郎(べっぷ しょういちろう) 報道記者。京都大学法学部卒業後NHK入局。カイロ、ニューヨーク、ドバイ、ヨハネスブルクでの特派員を経て、2023年1月からNHK総合「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター。著書に『ルポ 終わらない戦争 イラク戦争後の中東』(岩波書店)、『ルポ 過激派組織IS ジハーディストを追う』(共著、NHK出版)、『アフリカ 人類の未来を握る大陸』(集英社新書)。

大庭 日本も強いと思いますが、欧米志向というのは東南アジアにもあるにはあると思います。これは印象論ですが。東南アジアのあちこちのショッピングモールを見ていても、ほとんど欧米のグローバルブランドばかりです。ユニクロや無印良品はありますが、ゴージャス系はやはり欧米。もちろん欧米に対する鬱屈がないわけではないでしょうが。
 だから、別府さんの新刊『ウクライナ侵攻とグローバル・サウス』(集英社新書)でアフリカのエピソードを読むと、「あ、やっぱり全然違うな」と思います。特に若い世代になればなるほど、鬱屈のしかたが東南アジアとは違う印象がありますね。

別府 アフリカでも車や衣類や身の回りの物など物質的なブランドに対する単純な憧れはあるんです。だからといって、ウクライナ危機で「欧米が中心になって侵略を非難しているのだから、あなたたちも一緒に非難してください」と言っても、その呼びかけを自動的に受け入れているということになっていない。この点こそが、今回のウクライナ侵攻があぶり出した世界の変化なのかと思います。

大庭 アフリカにおいて、政府エリートや知識人の考えと、インフルエンサーに影響される一般層の考えとの間で大きな乖離がある、ということを、この本で非常に感じました。別府さんがこの本の中で取材をされている、アフリカ諸国の政治学者の方々による自国やアフリカに関する分析はスッと理解できるんです。彼らは過去のヨーロッパ諸国による植民地支配の罪深さも理解する一方、だからといってロシアを決して支持はできないと考えている。だけど、それが広く一般の市民の方々には共有されていなくて、同じ国民なのに見ているものが全く違う、という層ができてしまっている。
 これはいったいどうしてこうなってしまうのか。とにかくものすごい乖離を感じて、それがとても印象的でした。
 似た問題は実は日本でもあって、未だに欧米にしか関心がない人々が多い、ということがまさにそうで。

別府 日本の西洋観が、むしろ特殊だと思われますか?

大庭 古い! もうまるで明治維新の脱亜入欧から止まっているような……。

別府 しかも、「世界もきっとそうなんだろう」と思い込まない方がよさそうですね。むしろ、そういう思い込みになっていないか慎重に戒める方が大切なのかもしれません。

大庭 アジアで、実際の欧米のプレゼンスはそれなりに大きいです。たとえばインフラ整備の報道でも、日本は中国の進出の話ばかりするんですが、実はシーメンスなどの欧米勢が結構入り込んでいて、日本は競り負けていたりする。ヨーロッパ勢は安全保障だけではなく経済でも、今また投資を増やしているように見えます。確実にプレゼンスを高めているんですが、それは東南アジアの欧米信仰というよりも、欧米勢がうまくディール(取引)をしている印象ですね。相手のニーズを掴んでディールして、うまく食い込んでいく。それは東南アジアで欧米信仰があるから、というものともちょっと違うように思います。

グローバル・ノースとサウスの溝を埋めるには

別府 その一方で、グローバル・サウスの限界もあるように思うんです。ウクライナ侵攻の問題でも、グローバル・ノースの独善的な面にノーはもちろん言うし、それは正当なことなんですが、ではグローバル・サウスの諸国が対案を示しているのかというと……。

大庭 示していないと思います。ロシアのウクライナ侵攻でロシアに味方をする国も、「じゃあどうすればいいんですか」ということに対する答えはないじゃないですか。欧米のウクライナ支援を批判しても、だからといって、別に対案があるわけでもない。ウクライナに対してもうあきらめて降伏しろと言うのも、それは侵略に屈しろということですからあまりにも筋違いで、そうしたことを許すことの国際社会への負の影響は甚大です。
 環境にしても食糧にしても、いろんな問題でアフリカにしわ寄せが行っているのはわかる。それらの問題で欧米の独善を責めるのもわかるけれども、では、これからそれを管理するガバナンスの仕組みや、アイディアや技術をどこから持ってくるのか。欧米に頼らず、たとえば中国とこういう事業やプロジェクトを始めるんです、ということはあるでしょう。環境関連技術は中国がすごく伸びているので、そういう分野で食い込んでくるとは思うけれども、中国の技術が欧米の技術とものすごく違うわけではないですよね。だからこそ、アメリカと中国は環境分野では協力できる、ということになっているのであって、そこは全然、排他的ではないんですね。
 そういう風に考えると、グローバル・サウスは、今の秩序をひっくり返して、何か別のものに置き換える対案があるわけでもなければ、具体的な個々の問題について今まで欧米や日本がやってきたことと全く違うやり方で何かを示すような具体的方策のアイディアがあるわけでもないのですよね。
 インドもそうなんですよ。インドもグローバル・ノースに対して不平不満を言っているけれども、「では、その後どうするんですか?」という答えは示せないんです。だから、これはもうハッキリと、上から目線と言われようがなんだろうが、グローバル・ノースと言われる国々は「じゃあどうするんですか?」と言ったほうがいいと思います。

別府 グローバル・ノースはどのような行動が求められているのでしょうか?

大庭 つまり、そこでどういう糊しろを見つけていくのか、ということが重要だと考えています。たとえば私が最初に国連総会決議の話で、棄権もちゃんと腑分けをして見た方がいい、と言ったのは、国家主権の尊重や侵略はいけないという規範は、糊しろのひとつだと思うからなんです。だから、問題領域ごとに、糊しろをきちんと押さえていくことが、今後のグローバル・サウスに対応するときにすごく大事だろうと思います。
 そのときに、日本は紛れもないグローバル・ノースだと思われていることは、もはや所与の話ですよね。そこを日本人は勘違いしてはいけない。20~30年ぐらい前だと、「日本はアジアの一員だから」「アジアの国として欧米との架け橋になろう」と言う人がまだいたんですが、最近はあまり言わなくなりましたね。
 今の日本のアピールの仕方は、完全に「先進国の一員」シフトなんです。「アジアの一員」というロジックは弱まっている。

別府 まるで「脱亜入欧」の考えが、ますます強まっているという印象ですか?

大庭 最近の方がむしろ、先進国シフトは激しいと思います。ロシア・ウクライナ戦争で余計にそれが強まった印象があります。

別府 G7の存在感が、ウクライナ侵攻を受けて、むしろ高まったという指摘をする専門家もいます。

大庭 まわりから見ると日本は明らかにグローバル・ノースの一員だから、それはそれで仕方ない部分はあります。でも、それならばやれることをしなければいけない。日本にとって望ましい秩序をきちんと特定したうえで、それに乗ってきてもらうようにしなければいけなくて、そのためには折り合える糊しろを丁寧に掴んでいくことが必要になる、ということです。

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プロフィール

大庭三枝

(おおば みえ)
神奈川大学法学部・法学研究科教授(国際政治学・アジア政治)。国際基督教大学卒業後、東京大学大学院において修士および博士課程修了、博士(学術)。ハーバード大学客員研究員、東京理科大学教授などを経て、現職。著書に『アジア太平洋地域形成への道程――境界国家日豪のアイデンティティ模索と地域主義』(ミネルヴァ書房、2004年)『重層的地域としてのアジア――対立と共存の構図』(有斐閣、2014年)

別府正一郎

(べっぷ しょういちろう)
報道記者。京都大学法学部卒業後NHK入局。カイロ、ニューヨーク、ドバイ、ヨハネスブルクでの特派員を経て、2023年1月からNHK総合「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター。著書に『ルポ 終わらない戦争 イラク戦争後の中東』(岩波書店)、『ルポ 過激派組織IS ジハーディストを追う』(共著、NHK出版)、『アフリカ 人類の未来を握る大陸』(集英社新書)。

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ウクライナ侵攻が浮き彫りにしたグローバル・サウスとノースの分断をなくすには