対談

ウクライナ侵攻が浮き彫りにしたグローバル・サウスとノースの分断をなくすには

大庭三枝×別府正一郎

世界が目指すべき「より偉大な何か」とは

別府 G7と言えばいいのか、グローバル・ノースと言えばいいのかわからないのですが、いわゆる西側というものが、弱体化しているんでしょうか。だとすると、その要因は人口ですか? 高齢化ですか?

大庭 どうなんでしょう。先進国の弱体化というものを冷静に見たとき、GDPだけではなくて、そこには換算されないかもしれない多国籍企業の広がりや、今もまだ世界で多くの海外基地を抱えているアメリカのプレゼンスや、そういうことも全部加味した実力、として考えると、実際はよくわからないところがありますね。
 そういう、総合的な実力がわかりにくいなかでひとつハッキリと言えるのは、かつては圧倒的に南は弱く貧しい、という状況が、今は明らかにそうではなくなっている。しかも、欧米がたどった近代化論に乗らない形の政治的経済的発展が明確になっているんですよ。
 近代化論に即せば、人々の経済水準が上がると、それなりに民主主義も進化する。日本は、その近代化論に即して成功を収めた例だったんです。韓国や台湾も、近代化論に乗っている。経済的に豊かになり、権威主義体制から1980年代に何らかの形で改革が行われていったわけですから。だけど、そういう近代化論的な神話が崩れて、みんなが欧米にならなくても良い、ということになってきた。相対的に一部の新興国のプレゼンスが上がって、世界経済の中で重きを占めるようになってきたんですね。
 あと、かつて相互依存の網の中で発展していたのは先進国だけだったんです。途上国は発展から取り残されていた。もちろん一次産品輸出国ではあるけれども、水平分業からは切り離されて、買えるものも売るものも限られていたけれども、それがグローバル化を経て1990年代後半から2000年代ぐらいに、先進国と途上国との経済的相互依存関係が密になっていくわけです。
 そうすると、本当の意味でノースの発展はサウスに依存しているし、サウスの発展もノースに依存している。さらにそこでIT技術の発展によって情報も共有され、お互いの生活やお互いの状況がさらに可視化されます。ノースの側からすれば、昔なら見ずに済んだことを今は直視しなければいけなくなった。他方、サウスの側からすれば、ノースの豊かな状況を知ることで、彼らのノースに対するセンチメントの高まりをもたらしているのかもしれないですね。
 冷戦が終わったときもそうだったじゃないですか。東側は西側諸国の状況を実は衛星放送などで見て、とてもよくわかっていて、「なぜこんなに違うんだ」というセンチメントが大きくなっていた。「ちょっとしたものを買うだけなのに、なぜ自分たちはこんな長い行列に並ばなければいけないんだ」という日々の生活に関する不満が鬱積していった、という話ですよね。他の状況を知ることは、それと自分の置かれた状況を比べることにつながっていきますから。今は、グローバル・ノースとグローバル・サウスとの間での情報がより容易に共有されるようになり、相互に意識せざるを得なくなった。前はやっぱり、両者に様々な意味での距離があったのではないかと。

別府 日本のグローバル・サウスに対する関心や理解のレベルは、もうちょっと頑張るべきかなと思うんです。大庭先生はどう思いますか。

大庭 本当に、この関心のなさはどうしてかな、と思います。だって、東南アジアですら関心がない。中国は良くも悪くもものすごく関心があって、韓国は嫌いな人間も含めて関心がある。K-POPが成功したから注目度もありますよね。でも、東南アジアに対しては、まだ貧しい国々だと思っている人たちがいますから。今の彼らの姿を全然見ていない。

別府 いわんや中東、そしてアフリカになってくると、関心どころか想像もできない、という反応にもたまに直面します。

大庭 やっぱりメディアも商売なので、視聴者に情報を提供するときには、たくさんの人に見てもらおうと題材を選びますよね。だけどその結果、新しいフロンティアを広げられなくなっていて、中東と中南米とアフリカの情報は圧倒的に少ない。
 ただし、これは日本だけの問題ではなくて、アメリカの国際ニュースだと、たとえば圧倒的に中南米のニュースが多いんですよ。それは裏庭意識があるから。あるいはBBCでアフリカのニュースが多いのは、やっぱりそこが自分たちの裏庭だからなんです。だから、それを考えると、日本がアジアに関心が特化していても仕方がないとは思うんですが、これだけグローバル化が進んでいることと、日本の状況が裏庭だけ見ていればいい状態ではなくなっていること、さらにいえば、アジアはすでに日本の裏庭ではない、ということを考えると、「アメリカがそうだから日本もこれでいいのでは」というその先に、本当は行かなければならないのかもしれない。
 情報はいろんなところから取れるようにした方が良いし、日本の人々ももう少し世界で起こっていることへの関心を高めてほしい、と思います。日本の中にいると、日本だけで満足してしまう気持ちもわかるんですけれども。

別府 治安やインフラなど日本の生活の快適さのレベルは、それぞれの現場での奮闘があるからこそですが、やはり途上国よりはずっと高いのは間違いありません。

大庭 それはもう圧倒的に快適ですよね。私も海外に行って日本に帰ってきたときは、「ああ、日本に帰ってきた」とホッとします。だから、日本の中にいて日本だけを見ていると、すごくコンフォートレベルが高いから外をあえて見たくない気持ちはわかるけど、そうやって外を見ないまま、日本がずぶずぶと沈んでいくのは困る。だから、多くの人々に、もう少し外に向けて今後われわれが生きていくための国際的な秩序作りに日本自身が貢献することの重要性も考えてほしい。
 そのためには一般市民の目が外に開かれないといけない。グローバル・サウスの問題とは、まさにそういうことだと思います。ただアフリカに関して、私はほとんど知見がなく、知らないことばかりでした。世界を知るには、アフリカのことはもっと知らないといけない、ということを、別府さんのこの本を読んでとても強く感じました。

 まさに『ウクライナ侵攻とグローバル・サウス』という書名があらわすとおり、アフリカでウクライナ侵攻やロシアがどういう風に見えているのか、という日本人の知らないことが綿密な取材に基づいて豊富に記されているので、非常に面白く読みました。
 本の中で別府さんは「噛み合わない」という言い方を何度もしていて、その噛み合わない世界観が各地で衝突している様が大変よく理解できました。
 先ほども話したことですが、東南アジアを含む東アジアは、国民国家化することを比較的うまくできた例だと思うのです。アフリカでも、冷静な視点を持った知識人の方々が存在していて、国民国家として育つ土壌はあるのかもしれないけれど、先ほども述べたように、かれらと一般の人々の世界観との乖離がとても大きいのが印象的でした。それはつまり国民国家としての安定に不可欠な国民統合ができていない、ということですよね。
 それには民族や宗教の違いに起因する対立など様々な理由があったのでしょうが、それらを乗り越えてそれぞれが国民統合を目指さなければいけない、というメッセージを発しているのが、本書の後半で言及されているケニアのキマニ国連大使の演説なのですよね。

別府 ロシアの軍事侵攻が始まる3日前の2022年2月21日に、プーチン大統領がドンバス地域の一部を独立国家として一方的に承認した際に、国連が緊急安保理を招集したときの演説ですね。あの演説でキマニ大使は、人種、民族、宗教、文化が共通する同胞を保護や統合するという名目で軍事侵攻を行なう「危険なノスタルジア」に浸るのではなく、「我々は前を向き、多くの国や人々がいまだ知らない偉大さ(greatness)を目指すことを選んだ」「平和の中で達成される、より偉大な何か(something greater)を求めた」と述べました。

大庭 そうです。あの演説でキマニ大使が述べた「より偉大な何か」というのは、まさにそういうことだと思うんです。だけど、その思想が一般の人々に浸透している度合いは低い。「国家とはその国の国民を代表するもので、国民なるものの中にはいろんな民族集団や違った人々がいるけれども、それも含めて皆が国民なんだ」という、基本的な合意がアフリカの多くの国で、少なくとも今の状況下ではなかなか成立しがたいということなのでしょう。
 でも、21世紀の今の世界にもこうした国々が多く存在する、という現実に目を背けるわけにはいかない。そうした国々も合わせ、皆でどうしていかなければいけないのか考える、という姿勢や態度が、グローバル・サウスの問題を考える上で重要なのだけど、その解にたどり着くのは本当に難しい。別府さんのこの本を読んで、改めてそう感じました。そしてアフリカのことをもっとちゃんと勉強しなければいけない、と痛感しました。

別府 グローバル・サウスについて、これからもしっかり取材していかないといけない、そしてそれは世界をバランスよく知ることに欠かせないということを改めて思いました。本日は、先生のお話を伺う貴重な機会をいただきありがとうございました。

取材・構成/西村章  撮影/五十嵐和博

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プロフィール

大庭三枝

(おおば みえ)
神奈川大学法学部・法学研究科教授(国際政治学・アジア政治)。国際基督教大学卒業後、東京大学大学院において修士および博士課程修了、博士(学術)。ハーバード大学客員研究員、東京理科大学教授などを経て、現職。著書に『アジア太平洋地域形成への道程――境界国家日豪のアイデンティティ模索と地域主義』(ミネルヴァ書房、2004年)『重層的地域としてのアジア――対立と共存の構図』(有斐閣、2014年)

別府正一郎

(べっぷ しょういちろう)
報道記者。京都大学法学部卒業後NHK入局。カイロ、ニューヨーク、ドバイ、ヨハネスブルクでの特派員を経て、2023年1月からNHK総合「キャッチ!世界のトップニュース」キャスター。著書に『ルポ 終わらない戦争 イラク戦争後の中東』(岩波書店)、『ルポ 過激派組織IS ジハーディストを追う』(共著、NHK出版)、『アフリカ 人類の未来を握る大陸』(集英社新書)。

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