鼎談

ガザ危機で露呈した欧米の二重基準と国民国家の液状化

内田樹×中田考×山本直輝

ガザ空爆で死んだ詩人の詩

山本 「解決しない」と言うのは簡単ですが、今回の『一神教と帝国』でもお話ししたように日本文化やアニメ好きな中東の若者はたくさんいます。イスラエルでもパレスチナでも同じです。我々日本人が「パレスチナ問題は解決しない」と言っているのを彼らが目にするのは、私はあまり良いことだとは思えません。

 「帝国再編の時代」というのが本当に我々の目の前に迫っているのであれば、大きな地図を眺めながら広い視野を養うことも大事でしょうが、我々個人個人が、今日何ができるのかを考えることだって大事なはずです。

 パレスチナですごく有名なシェイクスピア文学研究者で活動家のレファアト・アラリールという方が12月にガザへの空爆で殺されました。彼が亡くなる数日前に書いた、「もし私が死ななきゃいけないなら( If I must die)」という英語で書いた詩があって。Ⅹ(旧ツイッター)で、彼の詩を世界各国の言葉に訳す活動が始まって、日本語にも訳された方がたくさんいました。僕も日本語に訳したのですが、訳すだけでは物足りない、何かパレスチナの援助につながることがしたいと思って、去年ケンブリッジ大学で知り合った、アパレルショップを経営している友人と相談して、レファアト教授の詩の日本語訳をセーターにデザインして、収益をガザの支援団体に寄附するというチャリティーイベントを先月始めました。2月からはトルコのNGOとのコラボレーションでチャリティートートバッグも販売します。

内田 ガザの支援のためにね、貧者の一灯を送りたいという人はたくさんいると思います。

山本 ガザの今の状況が危機的であることはガザに住んでいる人が一番よくわかっています。でも、悪いことばっかり言っていると、悪いことばっかり続きそうな気がするので。

 パレスチナの有名な漫画家がつくった「ハンダラ」という子供のキャラクターがあるんですが、イタリアでハンダラと同じようなポーズを取ったキャラクターをマンガ家たちが描いて「即時停戦への連帯を示しましょう」という活動がありました。日本でもこの活動に倣って活動家やマンガ家の方が日本のWith Handala(ハンダラと共に)というキャンペーンをされてましたね。僕が好きな日本の漫画家の人たちがいろんなキャラを描いてXにシェアしてました。

 自分のイデオロギーや政治的主張を言葉で語ることも知性が成し得ることかもしれません。ただ、「即時停戦」という祈りをアートにのせたこの活動も、私は日本的な深みのある業(わざ)だと思いました。ハンダラと連帯しようということで、『ちはやふる』の末次由紀先生たちも参加しています。

山本 学生の頃『ちはやふる』は読んでいたので、すごく感動しました。ああ、あの『ちはやふる』の先生も描いてくれたんだって。

内田 いい話です。

 

「もし私が死ななきゃいけないなら( If I must die)」
レファアト・アラリール 山本直輝 訳

もし、私は死ぬしかないのなら
あなたは生きて、生きなければいけない
私のことを語り継いで
私の持ちものを売って
少しの布切れと凧糸を買って
それは白く、長くたなびく尾を引いて
このガザのどこかで
ひとり
空を見上げるこどもが
炎に包まれ亡くなった父親を
誰にも 自分の体にも
別れを告げられず亡くなった父親の
帰りをずっと待っているこどもが
その凧をみる
あなたの作ったその凧をみて
天に舞うその姿を
ほんの束の間
天使が来た と思うはず
どれだけ愛しているか 伝えに来たと
もし私が死ぬのなら
それが希望となりますように
それが語り継がれますように

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一神教と帝国

プロフィール

内田樹

(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。凱風館館長。神戸女学院大学名誉教授、芸術文化観光専門職大学客員教授。専門はフランス文学・哲学。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論 近代の終焉を超えて』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』『新世界秩序と日本の未来』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』(集英社新書・中田考氏との共著)等多数。

中田考

(なかた・こう)

1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。東京大学文学部卒業後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(哲学博士)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部准教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター所長、同志社大学神学部教授、同志社大学客員教授を経て、イブン・ハルドゥーン大学客員教授。著書に『イスラーム 生と死と聖戦』『イスラーム入門』(集英社新書)、『一神教と国家』(内田樹との共著、集英社新書)、『カリフ制再興』(書肆心水)、『タリバン 復権の真実』 (ベスト新書)、『どうせ死ぬ この世は遊び 人は皆 1日1講義1ヶ月で心が軽くなる考えかた』(実業之日本社)、『神論』(作品社)他多数。

山本直輝

(やまもと なおき)

1989年岡山県生まれ。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。広島大学附属福山高等学校、同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究科助教を経て、国立マルマラ大学大学院トルコ学研究科アジア言語・文化専攻助教。著書に『スーフィズムとは何か イスラーム神秘主義の修行道』(集英社新書)、内田樹、中田考との共著『一神教と帝国』(集英社新書)。主な訳書に『フトゥーワ――イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)等、世阿弥『風姿花伝』トルコ語訳(Ithaki出版、2023年)、『竹取物語』トルコ語訳(Ketebe出版、2023年)、ドナルド・キーン『古典の愉しみ(The Pleasures of Japanese Literature)』トルコ語訳(ヴァクフ銀行出版、2023年)等がある。

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