鼎談

ガザ危機で結束を強めるトルコのイスラーム主義と広がるオスマン帝国的コスモロジー

内田樹×中田考×山本直輝

ロシアのウクライナ侵攻に対して欧米諸国も日本も一斉に非難し経済制裁を科したが、イスラエルによるガザへの無差別攻撃に対しては、批判も制裁も不十分な非対称性があらわになっている。
一方、トルコのエルドアン政権はロシアとウクライナに独自外交を行って仲裁しようとしてきた。
イスラエル・パレスチナはかつてオスマン帝国の属領だったが、
今回の問題についてトルコの人々はどう思っているのか。
オスマン帝国の終焉から百年となる昨年の末に『一神教と帝国』を上梓したばかりのイスラーム学者・中田考氏、トルコの大学で教鞭をとる山本直輝氏、そして思想家の内田樹氏が語り合った。
構成=稲垣收 写真=三好妙心

数百万の難民をかかえるトルコではガザ侵攻で、難民へのヘイトが減った?

――イスラエルによるガザ侵攻が起こっていますが、これに対する欧米諸国の態度が、ロシアによるウクライナ侵攻に対するものとあまりに違っていて、ダブルスタンダードがあらわになりました。トルコではどうでしょうか。

山本 昨年2023年11月ぐらいからガザ侵攻反対のデモがイスタンブールでは頻繁に起こっています。僕もトルコ与党系の組織が主導する元日のデモは見に行きました。イスタンブールはヨーロッパ側とアジア側に分かれていますが、ヨーロッパ側のエミノニュという船着場でのデモで、数万人が参加しました。大統領の息子のビラール・エルドアンも来て、かなり盛り上がってましたね。

 トルコでは大学でも教員や学生が主導してデモやチャリティーイベントを行っていることが多く、教員が「パレスチナ問題って結局どっちもどっちなんじゃないの」などと言うと、かなり信頼を失うんじゃないでしょうか。

中田 欧米では、パレスチナ支持を公言した人が解雇されたりしているから、全く逆だね。(例えば https://prismreports.org/2023/11/13/workers-retaliation-supporting-palestine/ )でも今回の事態は誰も予想してなかった。その前はトルコ国内でも、内戦から逃れてきたシリア難民などへの風当たりがけっこう強くなりかけていたんですよ。

山本 そうですね。トルコはちょうど昨年5月に大統領選があって、そのときも難民が争点になっていました。野党側だけじゃなく左派・右派全体の雰囲気として「難民があまりにも多過ぎる」というので、シリアやアフガニスタンの難民へのヘイトがすごく増えていました。

 トルコではたぶんシリア難民より、アフガン難民への偏見のほうが根は深そうです。でも実は、トルコ人がやらないような根幹のインフラの仕事にけっこうな数のアフガン人の方が就いていて、彼らが追い出されるとトルコ社会は成り立たない面もあるんじゃないかと思いますけどね。

内田 いま難民は何人ぐらいいるんですか。

山本 シリア難民は少なくとも200万人以上はいるんじゃないでしょうか。一時期は300万人超で。(*国連難民高等弁務官事務所が2023年6月に発表したデータでは2022年にトルコにいた難民数は約360万人)

内田 トルコ全体の人口はどれくらいですか?

山本 9000万人ぐらいですが、シリア系の人は出生率がすごく高いので、このままのペースで子供が増えると、トルコ国内でシリア人の人口総数が50年以内にトルコ人を超えるという記事もありました。誇張されてはいると思うんですが、それでけっこうトルコ人がパニックになった。だから選挙中にかなりヘイト言説がありました。野党側も「シリア難民は出ていけ」という横断幕をまち中に張って。そういう広告を打てば支持率が上がると思ったんでしょう。でも「経済問題などへの具体的な政策ビジョンを示せずにヘイトだけまき散らすのはさすがに違うだろう」という感じで呆れてるトルコ国民もたくさんいましたね。

 なので選挙が終わっても、移民への偏見はあったんですが、今回のパレスチナ問題があって変わってきました。

 基本的にトルコというのは国民感情的にはすごく親パレスチナです。それで「パレスチナ人に寄り添わなきゃいけない」とか「パレスチナ難民を助けなきゃいけない」という空気ができると、「シリアやアフガンの難民は出て行け」と言えなくなっちゃう。特にムスリムとして連帯を訴えようと思ったら、パレスチナには寄り添ってアフガン人はどうでもいい、とはちょっと言いにくくなるのかもしれません。
 僕の知り合いの元シリア難民で、中学生か高校生ぐらいの時にトルコに移民してきて、トルコの大学を出た子がいます。今、トルコのテレビ局で働いているんですけど、その子は今、イスラエルでずっと報道レポーターをしています。

 その子も大変だと思います。幼少期は自分自身がシリア内戦で祖国を出ることになり、かつ今、イスラエルにいても安全じゃない。でも「報道のために行かなきゃいけない」と。その子の人生の半分以上はずっと戦争に関わっていますね。

シリアとパレスチナは文化も言語も同じ

中田 シリアとパレスチナって基本的には文化が同じなんです。アラブ人から見ると「シャーム」と言われる大シリア、その一部ですから。言葉も全く同じですし。ですから、一応この文脈だとパレスチナ人と言いますけど、基本的にはシリア人と同じなんです。

内田 パレスチナ人も「シリア人」という大枠に収めていいんですか?

中田 歴史的には大シリア、「シャーム」というんですけれども、今のシリアからレバノン、ヨルダンやパレスチナも全部含みます。これは全部文化的には同じです。

内田 いつ頃までそういう枠組みが生きていたんですか。

中田 オスマン帝国のときには、そういう分け方でした。エジプトは、また別のアラブなんですけど違うところであって、他にイラク。

内田 イラクはまた別なんですか。

中田 そういう感じです。今でこそ国民国家として分かれていますけど、アラブ人の中でもヨルダンとパレスチナとシリアとレバノンは同じ一つの文化ですから。

内田 オスマン帝国時代のそういう地理的区分は、日本で言うと、藩みたいな感じですかね。内田家の墓は鶴岡にあるんですけれども、地元の人は「山形県」じゃなくて、「庄内」と藩の名前で言ってますからね。それと同じように、トルコの人たちの脳内の主観的な地図の中では、あの辺りは「大シリア」になるわけですね。じゃあ、トルコは?

中田 トルコは完全にトルコ。

内田 トルコはトルコ。で、大シリアがあって、イラク。

中田 イラクはメソポタミアです。(*現在のイラクにあたる地域は16世紀にオスマン帝国領となり、第一次大戦後はイギリス委任統治領メソポタミアとなり、1932年にイラク王国として独立)
実は最近私の祖父のパスポートが見つかって、そのビザの渡航先にメソポタミアと書いてあってびっくりしました。

内田 そういう地域区分なんですね。そして、南の方にはエジプトがあって……。その脳内地図が今も現役だということですね。

中田 はい。当時イスラエルは存在していない。今のイスラエルも大シリアの一部でした。

内田 シリア人はもちろん完全に親パレスチナという立場ですよね。

中田 基本的には。でもそこも、すごくややこしいんです。今、シリア共和国と言われているシリアがあるわけですけど、これは冷戦時代から生き残っている左翼のアラブの国で。イスラエルに対する前線国家として戦っていて、その意味では反イスラエルの急先鋒なんです。ただし、この国の政権は宗派的にアラウィー派という、シーア派の中でも特に異端の派が軍部を握っていて、内戦が起きたときロシアと組んで同じシリア国民を殺しまくっているので、今の中東では「敵の敵は味方だ」ということができなくなって「敵の敵もみんな敵だ」となっている。

内田 「敵の敵も敵」なんですか……。

中田 すごくややこしいんです。でも文化的には、シリア国民の大半はパレスチナの仲間というか、同じ文化なんですね。

 それで、トルコ国内で外国人排斥運動が起きているときに、パレスチナ侵攻が起こったので、本当に空気が一転しました。

山本 あと、いいことか悪いことかわかりませんが、今のトルコのイスラーム保守派の人たちの頭の中にあるのはオスマン帝国です。パレスチナの(エルサレム旧市街にある)アル=アクサ・モスクをはじめパレスチナの地も「オスマン帝国がまだあれば、こんなことは起きなかったのに」と思ってますね。

内田 そういう認識は若い世代でも共有されているんですか。

山本 若い世代でもイスラーム保守派はそうですね。「パレスチナ人の権利」というより「自分たちには、あそこに住んでいる人たちを守る義務がある」という言い方を、よくしてます。「義務」とか「責任」という言葉がよく使われますね。トルコ語で「メスウーリーイェット」、アラビア語で「マスウーリーア」と言います。

内田 かつての属国に対する宗主国としての責任という感じですか。

山本 歴史的責任とか、そういうことでしょうかね。

中田 「権利」じゃなくて、必ず「責任」ということばが出てくるよね。それは(現ロシア領内の)チェチェンとか、あの辺まで含むわけですけど。旧ユーゴスラビア内戦のときなんかも、ボスニア辺りのムスリムに対して「自分たちが守る責任がある」と。

内田 バルカン半島まで入るんですか。

中田 もちろんバルカンまで。

内田 エジプトは管轄外?

中田 エジプトはまた、ややこしいんです。基本的には、オスマン帝国時代にエジプト相当だったムハンマド・アリーが二度(1831-1833年、1839-1841年)にわたってオスマン帝国に反乱を起こしムハンマド・アリー朝を開いて事実上独立したことがオスマン帝国崩壊の遠因になったので、エジプトに対してはすごく憎しみも強いんですよ。裏切り者なんです。

内田 メソポタミアはどうなんですか。こちらは身内?

中田 「自分たちの土地だったのを第一次世界大戦で取られた」という意識ですね。「最終的にもっと取られるはずだったのを、何とか今のところまで守ったけれど、メソポタミアは守り切れなかった。それでもなんとかトルコ人のアナトリアは守った」という意識で。

山本 あの地域って、トルコ系けっこういますしね。イラン北部のアゼル系といっている人たちもトルコ系です。

中田 アフガニスタンにもトルコ系のウズベク人もトルコマン人もいるからね。トルコ人というのは、もともと、ずっといますから。

内田 ずっと東の新疆ウイグルまで、そうですか?

中田 そうですね。あそこよりもっと、モンゴル平原の辺りから出てきていますので。そこから、ずっと西に行ったわけですから。

内田 あの人たちも出はモンゴルなんだ。

中田 そうです。まだモンゴルとトルコが言語的にはっきり分かれる前の時代に、一緒に。

内田 じゃあ言語的には……。

中田 近いです。祖語は一緒です。現在だとほとんど、コミュニケーションはできないんですけれども。

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一神教と帝国

プロフィール

内田樹

(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。凱風館館長。神戸女学院大学名誉教授、芸術文化観光専門職大学客員教授。専門はフランス文学・哲学。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論 近代の終焉を超えて』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』『新世界秩序と日本の未来』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』(集英社新書・中田考氏との共著)等多数。

中田考

(なかた・こう)

1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。東京大学文学部卒業後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(哲学博士)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部准教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター所長、同志社大学神学部教授、同志社大学客員教授を経て、イブン・ハルドゥーン大学客員教授。著書に『イスラーム 生と死と聖戦』『イスラーム入門』(集英社新書)、『一神教と国家』(内田樹との共著、集英社新書)、『カリフ制再興』(書肆心水)、『タリバン 復権の真実』 (ベスト新書)、『どうせ死ぬ この世は遊び 人は皆 1日1講義1ヶ月で心が軽くなる考えかた』(実業之日本社)、『神論』(作品社)他多数。

山本直輝

(やまもと なおき)

1989年岡山県生まれ。専門はスーフィズム、トルコ地域研究。広島大学附属福山高等学校、同志社大学神学部卒業、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。博士(地域研究)。トルコのイブン・ハルドゥーン大学文明対話研究科助教を経て、国立マルマラ大学大学院トルコ学研究科アジア言語・文化専攻助教。著書に『スーフィズムとは何か イスラーム神秘主義の修行道』(集英社新書)、内田樹、中田考との共著『一神教と帝国』(集英社新書)。主な訳書に『フトゥーワ――イスラームの騎士道精神』(作品社、2017年)、『ナーブルスィー神秘哲学集成』(作品社、2018年)等、世阿弥『風姿花伝』トルコ語訳(Ithaki出版、2023年)、『竹取物語』トルコ語訳(Ketebe出版、2023年)、ドナルド・キーン『古典の愉しみ(The Pleasures of Japanese Literature)』トルコ語訳(ヴァクフ銀行出版、2023年)等がある。

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