「政府は沖縄を再び戦場にするのか?」自衛隊配備の現場を行く・与那国島編

取材・文・撮影/大袈裟太郎
大袈裟太郎

民主主義を奪いながら造られた基地が守るものはなんなのか

昨年12月、糸数健一町長は政府に対し、与那国空港の滑走路延長と比川集落への新港の建設を要望した。島民避難のためという名目だが、この要望はなぜか米軍や防衛省の計画と一致している。

「東京に行くたびに意見が変わる」と島民から揶揄されている糸数町長は、昨年の安倍晋三氏の国葬に沖縄県内で唯一、個人として招待状が届いた人物だ。島民避難の基金を開設し、人口増加や経済振興のための基地配備との言説との矛盾を感じさせる。

自衛隊与那国駐屯地は広大な牧場に囲まれた場所に位置する。

私はある集落でダイバーたちの飲み会に交えてもらった。海中の美しい写真などを見せてくれる心優しき人々であったが、自衛隊配備の話をふると、県外から訪れたあるダイバーはこう言った。

「国防のために基地ができて、島民がいなくなるのはしょうがないですよ。離島の経済は苦しいし、島民がいない方が海もきれいになる」

私はこの言葉に絶句した。「島民が聞いたら傷つくと思いますよ……」そう返すのがやっとだった。島の民宿に泊まり、港からの船でダイビングを楽しみ、島民の築いた文化に恩恵を受けながら、よくもこのような島民軽視の発言ができるものだ。

私は凍てつくような冷たさを彼の言葉から感じ取ったが、沖縄県外の人間たちの中ではある程度、浸透してしまった言説のように感じた。台湾有事ありき、それは避けることができないかのような報道に染まり、思考停止してしまう人々の存在を現実的に感じた瞬間だった。

「自衛隊賛成派はもちろんいろんな利益がもらえますけど、反対派だってお金もらっているでしょう? 辺野古の座り込みだって日当が出るわけで」

ある島民の言葉に唖然とした。辺野古から遠く離れた与那国にも、基地反対住民は日当がもらえると思い込んだ人々がいる。ちなみにその方はインボイス制度に反対だという。そういう感覚の人ですら、辺野古日当デマを信じ込み、それを与那国の基地反対住民にまで当てはめてしまうのだ。

正しい情報がないまま、人々は選択し決断する。これは与那国だけではなく、日本全土が侵された重い病理のように思う。

昨年1月、元自衛隊統合幕僚長、河野克俊氏が台湾有事に備え、与那国への自衛隊配備の必要性を語る記事を見つけた。統合幕僚長とは自衛隊の最高幹部であるから、その言葉には一見大きな説得力があるが、そのネット記事をよく読むと、旧統一教会系のサイトだった。安倍晋三氏殺害事件より前で、旧統一教会問題をメディアが取り上げる前とはいえ、自衛隊の元最高幹部が一宗教団体のサイトにまで登場する姿は異常に思えた。

台湾有事の危機を煽り、防衛費倍増を叫ぶ人の言論の背景に何があるのか、前回記事の「防衛省インフルエンサー接触計画」などを踏まえ、私たち有権者はもう一度、注意深く観察する必要があるのではないか。

「ここには人が暮らしています。生活しています。最近の流れは、自分たちに決定権がないような無力感を感じます。ミサイルの話ばかりじゃないんです。独特の自然や育まれてきた伝統や文化もあります。この島にずっと住み続けたいし、住める島であってほしいから、試行錯誤しています」

そう語る30代の島民女性は「東アジアの緊張緩和を求めて」という台湾有事を避けるためのシンポジウムを島内で企画した。自衛隊への賛成反対ではなく、有事を避けることは皆で取り組めるのではないか? むしろ自衛隊員も自衛隊家族も有事を望むものはいないはずなのだから、そんな想いだった。

昨年8月、与那国には初めての図書館ができた。

責任者の田里鳴子さんは、この図書館を開くために司書の資格まで取得し、行政と連携して事業を立ち上げた。この島の文化や伝統を子どもたちに教育してこなかった。このままでは時代とともに大切なものが消失してしまう。そんな危機感が彼女を突き動かしていた。今では、この図書館は郷土資料などを取り揃え、歴史をつなぐ重要な場所となっている。

共同体が変容し、民主主義が機能しづらくなってしまった島で、それでも人々は人間の知性を後世につないでいく。その姿は涙ぐましく映る。

「異次元の少子化対策」と銘打った子ども予算倍増は、今国会でどうやら骨抜きになりそうだ。

一方で閣議決定された防衛費倍増は、政府と軍事産業の結びつきが倍になることでもある。今後の日本政府の意思決定には軍産複合体がより大きな影響を与えることになるだろう。これにはシビリアンコントロールが溶かされるような不安がある。

25年後、日本の人口は1億人を下回るとの試算がある。防衛という「壁」だけ高くして、その中には人がまばらになってしまう、そんな空虚な未来が見える。

政府は敵基地攻撃能力を持つ巡航ミサイル、トマホークを400発購入したことを、先日の国会で明らかにした。

沖縄島、うるま市の自衛隊勝連駐屯地にもミサイル配備計画があり、数百人単位での大幅な増強が予定されている。今月、ミサイル基地が完成する石垣島、さらにはすでに配備された宮古島、奄美。これらの自衛隊基地も当然、米軍との共同使用が予測できる。この島々は重要土地規制法の特別注視区域に指定され、住民の行動が大幅に制限される懸念がある。

辺野古の新基地建設への反対票が71.7%を占めた県民投票から4年が過ぎた今、琉球弧には実質的に軍事基地が増えている。

民主主義を奪いながら造られた基地が守るものはなんなのか。

「国防」や「有事」という言葉に思考停止せずに、我々はこの国の在り方を見つめなければならない。

「今、ここにある本を読んでほしいのは、本当は大人たち、政治家たちですね」

与那国に図書館を開いた田里鳴子さんはそうつぶやいた。

だが、2023年3月5日には、反対する市民たちを機動隊が排除しながら、石垣島には200台の自衛隊車両が配備された。

島々に暮らす人々の存在を私たちは忘れてはいけない。

祖納集落、なんた浜からの夕暮れ。最西端のこの島では日本最後の夕陽が沈む。
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プロフィール

大袈裟太郎
大袈裟太郎●本名 猪股東吾 ジャーナリスト、ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。
やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 
2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り、2020年は米国からBLMプロテストと大統領選挙の取材を敢行した。「フェイクニュース」の時代にあらがう。

 

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