「能力主義」を乗り超えていくために

勅使川原真衣×近内悠太 『働くということ』刊行記念
勅使川原真衣×近内悠太

能力主義は「平等」なのか

勅使川原 でも、そういうあり方は、今の社会に存在しないからつくっていかなくてはならないというよりも、本当はすでにあるのに見過ごされている感じがします。さっきも話に出たように、人はそもそも不完全なものであって、その不完全な状態で互いに助け合いながら生きているはずなんですから。あまりにも私たちがものごとを能力主義で評価しようとするから、そのことが見えていないだけなんじゃないでしょうか。

近内 僕たち自身も含めて、社会のあらゆる場所に能力主義が刷り込まれているんですよね。

勅使川原 そのほうが権力を持つ人には都合がいいんだと思います。

近内 昔は門閥制度があったから、それに比べれば個人の能力で待遇に差がつく能力主義は平等だし民主的で自由だといわれることがありますが、実は生まれた段階ですでに「能力」にも差があるんですよね。
 つまり、教育社会学者の苅谷剛彦さんなどが指摘していることですが、社会的に成功した親を持つ子どもは、「努力すれば報われる」と深く信じることができる家庭環境にあることが多い。そういう子どもと、周囲から「おまえは何をやってもダメだ」と刷り込みをされて育った子どもとでは、スタートラインがすでに違う。つまり、能力が開花するかどうか以前の格差がそこにあるということが、すでに研究によって明らかになっているんです。

勅使川原 日本の公教育は、機会の平等さえ達成していれば平等だと信じられてきたわけですけど、その結果として結果の不平等は放置されてきたんですよね。つまり、機会は平等なんだから、あなたがうまくいかないのは実力の差、能力がないからしょうがないよと言われたら、何も言い返せなかった。近年の教育社会学の研究は、そこに対して「それはおかしいよ」と言ってくれているように思います。
 ただ、教育における不平等の再生産についてはしっかりと切り込んでくれる一方で、労働の場における不平等への言及は避けているような印象があります。

近内 だからこそ、勅使川原さんのような、大学には所属せず、財界や大企業とのパイプもない「野良」で活動される方が大事なんですよ。
 僕も「野良」の哲学者なんですけどね。「野良」の対になるのが「ムラ」で、その「ムラ」に入り込んでしまうと、身内だけのポジショントークばかりになってしまう。でも、完全なフリーになってしまうと、今度はどこにもコミットできなくて影響力をもたらせない。だから、ムラを入ったり出たりしながらふらふらしている「野良」の発想が重要なんだと思います。

勅使川原 本を読んでいて感じた近内さんとの共通点、その「野良」というところにもあるのかも(笑)。
 これも『働くということ』の中で書いたことですが、能力主義を乗り越えていくためにどうすればいいかと考えたときに、まず思いつくのは「教育」ですよね。でも私は、そこからだけ変えていくのは難しいとも考えているんです。というのは、今の教育自体が、「社会で使える有能な人材を輩出する」ことを命題にしてしまっているから。
 結局は産業の側、社会の側が求める「人材像」を変えなくてはならない。もっと言うなら働く人を「選ぶ」云々のはるか前から、人はそこに「いる」わけで、「選んでやろう」の前にまずは「謝意」なんですよね。その上で、「いる」人同士をうまく組み合わせることで、労働の場は十分に成り立つ。そういうことを、声の大きな有名企業が言っていくということを当たり前にしないといけないと思うんです。
 だからといって教育の問題に取り組まないということではないですが、教育のことと労働現場、産業のこと、両方を挟み込むような「サンドイッチ」方式で、これからもやっていきたいと思っています。

撮影/甲斐啓二郎
構成/仲藤里美

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プロフィール

勅使川原真衣×近内悠太

勅使川原真衣(てしがわら まい)

1982年横浜生まれ。組織開発専門家。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て、2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。二児の母。2020年から乳がん闘病中。「紀伊國屋じんぶん大賞2024」8位にランクインした初めての著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)が大きな反響を呼ぶ。近刊に『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)がある。

近内悠太(ちかうち ゆうた)

教育者、哲学研究者。統合型学習塾「知窓学舎」講師。著書『世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学』(NewsPicksパブリッシング刊)で第29回山本七平賞・奨励賞を受賞。近刊に『利他・ケア・傷の倫理学 「私」を生き直すための哲学』(晶文社)がある。近内悠太WEBサイト https://www.chikauchi.jp

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